第109話 虫の知らせ(2)

文字数 811文字

 潮い狩りの季節だろうシジミがたくさん送られてきた。
毎年この季節になるとシジミを持ってきてくれたお爺さんがいた。
その人の名は直江さん。

その昔、会社のとり扱う商品は4本柱と言っていた。
軽量気泡コンクリート、メース、軽天とラス張。その内ラス張は需要が
少なくなり、会社は販売を停止することにした。関わっていた若い職人は
残った人もあり、転職した人もあった。その中に60歳で1次退職してまた
復帰していた人がいた。直江さんである。
「奥さんこの歳なると今更転職はできない。65歳まで働きたい。そうしないと
老後の生活設計が立たない。なんとかラス張の仕事を続けさせて欲しい」
「会社としては営業マンも工事の担当もいなくなったが、材料はあるし道具もある.
私が見れば、なんとかなるだろう。二人三脚でやってみるか」
「なんでもするから今しばらく仕事をください」

 軽トラックに発電機と材料を積む。これは会社の誰かが積んでくれる。
ラスの材料は、畳一枚の大きさで防水紙に金網を縫い付けてある。
一梱包は10枚。現場に着いたらまず材料を全身で引きずり下ろす。
その後、2本の足場をトラックに渡す。ロープを腰に巻きその端を発電機に
括り付け、腕と腰の差を少しっつ伸ばしてゆっくり下ろす。
地上に降りたらキャスターがついているから移動はできる。
前日に運んでおくと次の日、早朝から作業ができる。
工事が終わった時は、2人で積むから苦にはならない。

 この時私は50歳を3つ4つ超えていただろうか。若いって強いと思う。
二人三脚は1年あまり続いて、直江さんが65歳になった。
直江さんは喜んで退社した。あんなに喜んで辞めていったのは



直江さんが一番。
それからはシジミの季節が来たらせっせとシジミを送り続けてれた。
 虫の知らせで綴った通り、旅立つ前にお別れにきたのだ。
あの時、お爺さんと思った直江さんより30歳も私は歳を重ねた。

 夢はないが沢山の思い出の中に生きている。私は幸せだった。


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