第11話 トンボの眼鏡(5)

文字数 335文字

 我が家は久しぶりに華やいだようである。
兄も姉も、私を可愛がってくれた。
 ある日、私は母とお菓子をたくさん持って乳児院を
訪ねた。保母さんは嬉しそうに迎えてくれた。
帰った乳児は、誰もその後、顔を見せにこないという。
「健ちゃんトンボの眼鏡うたって」
保母さんに促されて私は小さい段上に立った。
「トンボの眼鏡はなないろめがね、ああおい
おそらをとんだから……」
私の得意とする歌を保母さんは覚えていたのだ。
母は、私が「トンボの眼鏡」を歌えることは知らない。
以来「トンボの眼鏡」を歌ってとは誰も言わない。
トンボのメガネを歌った記憶も全くない。
 この項は、波乱万丈の、母の手記から抜粋した。
 私は五十七歳になった。
 母はやがて卒寿を迎える。
 「おかん苦労かけたなぁ」言いたいが言えない。

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