第68話 茅葺き屋根

文字数 1,123文字

 小旅行に出て土佐の田舎で銅板屋根を見た。
銅板の下の茅葺き屋根を思い、備忘録から70数年
昔を引き寄せた。

 茅葺き屋根の下で育った。
日の長い春の日を選んで茅葺きの大屋根を葺き替える。
戦前のことと思っていたが、違った。あれは戦後間もない頃だった。
昭和元年に新築したというから逆算しても戦後のことである。
 プロの屋根士が3人と親戚や講中のお手伝いを合わせると13〜14
くらい、いただろうか。
 茅は毎年秋に刈り取って屋根裏にて大事に保管してある。
屋根の葺き替えは20年をめどにするというから、20年がかりで、
茅を蓄え計画的に施工するのだ。
 まず総がかりで、屋根裏から茅を下ろす。ものすごい量である。
続いて屋根をめくる。風雪にさらされている上部は退化してポロポロに
なっているが、中は痛みも少なかったようだ。
 めくる人、束ねる人、下に下ろす人、下では庭の端へ、端へと運ぶ人
誰が指揮しているのか、すばらしい流れ作業をしていた。
 10時に昼ごはんになるが、その時には屋根は下地だけになっていたよう
な記憶。どの人の顔もみんなまっ黒だ。歯がやけに白い。
 昼からさあ本番。茅を整える人、持ち上げる人、受け取る人、葺いて
行く人(プロ)。ここでも惚れ惚れする連鎖、連帯作業をしていた。
 手持ち無沙汰に見ていたが私の出番が来て、屋根裏に入った。
 下から並べていく、ほどよく上がったら、横に竹を通す。屋根士は
針に縄を通して屋根裏へ突き下ろす。そこで私は素早く縄を抜き取る。
今度は針だけ降りてくる。その針に抜き取った縄を通す。こうして竹に
縫い付けてゆくのである。何処に針が降りてくるかもわからないので、
声を掛け合いながら、作業を繰り返した。初めは緊張したが、阿吽の呼吸の
ようなものですぐ会得した。裏で縄を返す人を裏手伝いと呼んだ。
裏手伝いは私を含めて3人いた。
 この時はまだ学生だったが、はじめて上がった屋根裏で一人前の仕事
ができたと、屋根士に褒められた。

 棟まで葺くと棟じまいをする。下から鋏で切りそろえていく。四隅は
屋根士の腕の見せ所である。芸術祭に出したいような立派な大屋根が
出来上がった。した働きは日没まで続き、酷な労働だった。
 夜は祝いの膳がでてみんなの労をねぎらった。

 時は流れて兄の世になったが茅刈りはしなくなり、銅板で覆ったから
屋根葺きの作業は昔話になった。あの時は父も兄も祖母も元気で第一線
で働いていた。みんな大人だったから、当時の者はみんな旅立ってしまった。
私は、屋根の葺き替えの話のできる数少ない生き残りかもしれない。
 築100年近い、あの家は、高台に今も凛としてある。
 昨今、茅葺き屋根は見かけない。
 屋根からたちのぼるカゲロウを見ることも無くなった。

 








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