第9話 トンボの眼鏡(3)

文字数 378文字

 生まれて10日を経たころ、倒産した工場の2階に引き越した。
ここには既に、電気もガスも水もなかった。
債権者もほとんど来なくなり、落ち着いて親子四人、暮らしていた。
貰い水にランプ生活だったが、私に異はなかった。

 貧乏のどん底だったらしかったけど、幸か不幸か私は何も知らない。

 時々トラックで父親の面会にみんなで出かけていた。ある日。
線路の上で車がエンコした。エンジンがかからない。
対向車も後続車も来ない。ここへ汽車が来たら、
親子、無理心中だ。それもよしかとじっとしていた。
「何しとる生きるんだ」の声と、私の泣き声、後続車のクラクションに
母は我に帰って、エンジンをかけたら、不思議。ブルンのかかった。

 神は生きろといっている。あれは天の声であった。
あのまま子供たちを巻き添えにしていたらと思うと、身震いがする。
 母の手記から私は最近になって、知ったことである。


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