第24話 虫の知らせ

文字数 584文字

「お久しぶりです」
白髪の老人が訪ねてきた。すぐNさんだと分かった。
お菓子を持って、改まって深々と挨拶した。
「お陰で年金がもらえていい老後を送ることができました。
家内といつも感謝しています」
そんなに喜ばれたことがないので私はキョトンとしていた。
働いて受給するのは当たり前だし、
「私は普通のことをしただけです」と恐縮。
「いつも頂くばかりで何もないけど、丁度、故郷の柿があるから」
「柿は好物です」と喜んでくれた。
別れた時の後ろ姿が、なんとも侘しげで……。
1週間後、新聞で訃報を知った。別れに来たのだと
しばらく落ち込んだ。

 Nさんは昔、私と暫くだが組んで働いた仲間だ。
「ラス」といって半坪ほどの防水紙に網を貼りつけた建材で
3年ほど取り扱っていたが、将来性やその他を考慮して販売を
中止することになった。
若い職人は、仕事を変えたがNさんは、お年しで転職は無理。
「奥さん。65歳まで働きたい」
「そうやなー材料はあるし、道具もある。二人でやろか」
会社が見捨てた「ラス」貼り工事をNさんは一人で細々と続けた。
材料の搬入や引き上げは、二人三脚であった。

「お陰で年金の楽しみができた。ありがとう」喜んで退職した。
春がきたら「シジミ」を持ってきてくれていたが、
いつとはなしに疎遠になっていた。
Nさんは私より一回りくらい年は上だったろう。
「おっかぁ」でなしに奥さんと呼んだのはNさんだけだった。








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