第28話 山火事(1)

文字数 692文字

 むかし、昔の春の夕べ。
菜園から帰り、勝手口を開けた途端、電話が鳴った。
「兄さんくの裏山が火事だ。大変だ」うわずった声の叔母
からは、詳細は聞けなかった。「エーッ」言葉を失っていると
「何しよるんで早よう来な」叔母は電話を切った。

 私は家を飛び出した。 
叔母の声が脳天で空転している。家まで焼けたらどうしよう。
祖母や父母の思い出の要がなくなってしまう。神様、ご先祖さま
どうぞお守りください。祈りながら駆けた。

 既に2時間が経過していた。
兄は剪定したスダチの木を炭窯の跡で燃やしていたらしい。
窯跡だから火は横には広がらない。ちょっとコーヒーでも飲もうと
家に帰った。その間に燃え広がった(野焼きしてみて実感したのだが、
火は意思のあるごとくシュシュッと思わぬ方向に走るのだ)

 国道には村内の消防車11台と村外の1台が列をなして並び、
駆けつけてくれた村人の車でごった返していた。
12台全てが稼働しているわけではない。
 火事場まで1000メートルあり、その上山だ。
何台分ものホースを繋ぐ。繋ぐことを前提にしていないのでうまく
繋げない。その上水圧も低い。
 これだけの車と人がいて一向に衰えない火の手に魔性を見た思いだ。

 日はとっぷりと暮れた。
竹藪にも広がった火は、パンパンとにぎにぎしい音をたてた。火の手
はさらに風を呼んで、ごうごうと命を宿した生き物のように吠える。
火は下にも横にも広がらず山を上へ上へと駆け上ってゆく。
この分だと家への類焼はないだろうが尾根を越えると隣家の山に火は移る。

 居た堪れない恐怖に全身が震える。できることなら私も山へ登って消火
の手伝いをしたい。
 女であることが悔しかった。








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