第38話 開戦の日に思うこと

文字数 588文字

 紀元は2600年、ああ1億の……高らかに歌った。
昭和15年紀元節の日のことだろう。歌った以外記憶にない。

 子供には止むに止まれぬ事情など知る由もないが、戦前すでに
貧しさは、当然、当たり前になっていた。

 2601年12月8日、大東亜戦争(太平洋戦争と後からかえた)
が勃発した。開戦をどこで聞いたか記憶にないが、3年生だった。
その日、祖母は寒そうにして大根を洗っていた。

 奇襲攻撃である。否。私はわからないが、なん年か前に真珠湾を訪ねた。
日本の攻撃で沈んだ、アリゾナから住時の姿をとどめた遺物が見えるという。
が、小魚が遊泳している穏やかな湾。アリゾナの上に、小さい泡がぶくぶくと
上がっていた。水疱にあらず油の泡だ。泡は休まず、生まれては消えていった。
私は身震いした。ここには勝った国の戦後が残っている。あの小さい油の泡が、
開戦を象徴するように脳裏に染み込んでいる。
 
 勝った。勝ったと提灯行列をした。国民の知るのは、大本営発表のみで
あって、厳しい戦局を正しく知らされることはなかった。

 私は今も紀元(皇紀)を懐かしく思い数枚しか書かない年賀状にも
2681年と書く。何が西暦ぞ。萬世一系の皇祖と学んだ脳は、今のことを
忘却しても、国のあゆみは忘れない。

 何はともあれ、80年前、悲惨な戦いを起こし、国の存亡をかけた始まりの日、
12月8日である。

 敗戦と同じく開戦も語らねばならない。

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