第123話 農耕民族(3)

文字数 1,183文字

 早速整地して農耕用の土を入れてもらった。その時、砂地と注文せずにただ土と注文したばかりに、粘土質の土が投入されて、後々ずいぶん苦労した。
 一台分の駐車場を作り、茶室のつもりで四畳の移動式の小屋を置いた。小屋からの眺めを重視して、ひと跨ぎほどの山や丘を作り、季節の花を植えた。椿のコーナーも作った。とりどりの紫陽花も植えた。特に紫紺を好んだ。そこには露草が我が物顔に蔓延っていた。小屋までくの字に飛び石を敷き、石の近くに紫紺のアヤメを配した。数年は夢のうちに過ぎ去った。散歩の足を伸ばして楽しみに見にきてくれる方も現れ、いつも綺麗ですね〜と褒められた。
 朝が来るのが楽しみだった。朝露に手を濡らし、お早うと、声をかけると葉先に止まっている露の玉はきらりと光って落ちる。晴耕雨読を字でゆく明け暮れ。
 その内、山裾の荒地を無断で草を刈り耕作地にした。事後承諾はいただいたものの、この裾地、近くの住人がそれぞれ家の前の草を刈り整地していた。山裾は花桃が咲き辛し菜の花が揺れ押し並べて花園になった。私は自分の耕地では足らず山裾で野菜と花を作った。還暦を過ぎて十数年、月の欠けることも忘れるほど、幸せで満ち足りていた。それは今になって思うことで当時は、当たり前だったのである。農耕民族が生活のためでなく楽しみで土に混えるのだから、幸せな筈だ。
 山裾の畑を作って十年も経っていただろうか。突然立退の立ち札がかかった。人生に終わりの来ることを感じ始めていたので、渡りに船と感謝を込めて持ち主さんにお返しした。
 第二の人生を照らしてくれた山裾の地にありがとう。地主さんに声を大にして本当にありがう。
 いつのまにか鉢に花を植えなくなった。大地があるから鉢は必要ないのである。
 次男が帰ってきて、小さい家の敷地の木は次々に切り倒した。そしたらぱっと明るくなり令和の風が吹き抜けてゆく。「居は仁を表す」である。引き潮のように私の木も花も時の流れの渦の中に埋没した。それでいいのだ。あの花園は白昼夢だったのかと、時々思い出す。
 蹲の所だけ一坪残した。筧は私の意思を継ぐようにぽっちん、ぽっちんと今も水を落としてる。
 みどり庵はそのままあるが、そこには捨てきれない蔵書とミシンと茶道具が無造作積んである。                                 10/20
 人間夢を追うことがなくなったら生きる屍と同じになる。
 なんでも良い。寿司を食べたい。あのステーキを食べたいで良い。貪欲に「たい」を追おう。
「我が人生に悔いはなし」と言ったが、声が少し小さいかも。
 党派を超えて仲よくしてもらっている女史が病で入院した。心配でなにもできないでいる。
 米寿を祝ったばかりだ。人間明日は誰もわからない。
 今日だ。今だ。この瞬間を生きている。心して生きよう。しみじみ思うことだ10/21







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