第64話 みどりの風

文字数 427文字

 みどりの風に誘われて古里の山へ向かう。
黄金色に輝いていた棚田の菜の花は影もなく、
後には作付けされた稲がすっかり根付いていた。
月遅れの幟が心地よい風にひらめいている。
 ひとっこ一人いない若草の畔に腰を下ろす。
なんて柔らかい感触だろう。
 忘れ去られた昭和の古里の原風景がここにあった。
時の経つのも忘れ、ただ、佇んでいた。
鶯の声がした。複数の声である。声を追ったが、姿を
捉えることはできなかった。

 海抜1000メートルと聞く、山の植物園には
石楠花が花開き、ヒメシャガの群生に出会い、秘境
だった名残を留めていた。
 今、ここではキャンプ場や宿泊施設、レストハウスも
あり、薬膳料理も提供している。
 森は霞み細かい雨が降ってきたが雨はすぐ止んだ。
雨後の若葉は、五月の陽光を浴び、微妙に異なる個性の
色を放っている。さみどりの競演である。
 雨は新しいみどりの風を生んだ。深山ならではの風。
樹木を渡ってゆくみどりの風は、薫りとささやきを残して、
天空の森を通り過ぎて行った。







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