第122話 農耕民族(2)

文字数 629文字

 この日のためにと習った水泳や墨絵、茶道に俳画、俳句は三箇所も
梯子したが、初心者のままである。そんなある日、編集長にショートでも
書いてみたらと誘いを受けて、未熟なエッセイを月刊の俳句誌に載せてくれた。
半分は旅行記であった。今も読点が上手く打てない。当時は尚更であった。
主宰が逝き廃刊になったが、百五十号の記念合同句集には私の恥ずかしい句が
残っている。序文に句歴の長い作家もおればまだ浅い方もあり句のレベルは
不揃いであると、断ってくれている。これ私のことだと、クスンとした。
 どう振り返っても、角度を変えてみても、何もかも半端で
 老後の拠り所とするものが何一つない。どうする。どうしよう。

 長男と住み家を交換して数年になる。その間に狭い敷地の三方に植えた木は
よく育っている。東面には小さなお茶席の庭を作った。つくばいの筧の水は
絶えることなく落ちて流れている。南国には珍しい雪の日などは、またとない
絶景を魅せてくれる坪庭。
 花は鉢やプランターに植え、排水溝の上に並べて御伽噺のような森の中の家に
住んでいた。
 さてどうすると、思案していた矢先、住まいの前に六十坪の更地の売りが出た。
売主は毎日のように買ってくれと直談判にきた。手元には手にしたばかりの退職金がある。
今になってみたらバブル期であった。が、清水の舞台から飛び降りる諺の通り、
飛び降りて退職金を注ぎ込んだ。
 老いてゆくことも、やがて灯火が消えることも、思案の他だった。
 心は、弾み、青春の真っ只中にいた。



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