第66話 6話の前座

文字数 580文字

 50年も昔の写真が思わぬところから出てきた。
南国には珍しい大雪の朝。
長男の高専の受験日である。長男と友人二人をそのせて
入試会場へ向かった。
 3倍の競争率である。このうち一人しか合格しないんだ。
それぞれに思ったが誰も言葉にはしなかった。
 合格発表の日まで待ち遠しかった。息子は難関を抜けた。
家中が沸いた。本人よりも夫が嬉しかったのだろうと、
今も思っている。挫折から5年。共同で起業したばかりの
夫は、息子の未来を案じていた。高専へ入れたら、大学へ
やらなくて済む。一安心したようだ。
「博は親孝行してくれた。よかった、よかった」と上機嫌。

 入学祝いに家族でフランス料理を食べに行った。子供たちは
初めての馳走である。ナイフやフォークを手にするのも初めてである。
 緊張していて二男がナイフを落とした。
拾わうとして「拾うな」夫に一喝された。
夫は格好つけたのだろう。二男は成人した後も、あのフランス店には
決してゆかうとしない。よっぽど、傷ついたのだろう。
些細な事だが、大事な事だった。

 長男は、高専5年生に進級せず、やっぱり大学へゆきたいと
言い出した。
 フランス料理、食い逃げか?夫は苦笑いしていた。

 京都の予備校へ長男は荷物と一緒に車で送った。
 あのオヤジ、なぜか自分では送ろうとしない。

 雪の吹雪く鞍馬山を長男とドライブした。
 ただなつかしい。目を瞑ると山が煙っている。


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