第63話 紙一重 

文字数 724文字

 新聞の随筆「熱く静かな夏」を瞬きもせず読んだ。
後編に日本航空が御巣鷹の尾根に墜落した事故のひとこまを
取り上げていた。
 そうだあれから三十数年の月日が流れ去ったのだ。
母娘でタブーにしている過去を嫌が上に思い出した。
八月十二日、社会人一年生の娘が、亡夫の初盆に帰省するため
日航の優待券を送った。が、それは伊丹空港で乗り換えだった。
空港では待ち時間もあるし、疲れているだろうから早く帰そうと、
速達便で新たに全日空の割引券を送った。全日空は直行便だった
ので、全日空で帰るよう指示した。
 飛行機は片や18時、片18時10分発の僅差でフライトした。
到着空港には、息子が迎えにゆく予定だったので何も意に介せず
仕事をこなしていた。突然息子が現れて
「妹は何時に、どこの飛行機に乗ったんで。今、日航機墜落の
ニュースが流れている」

「そんなこと言っても何時にどこの飛行機に乗ったかわからない」
頭が真っ白になって何も思い出せずに、半狂乱になっていたらしい。

「ただいま」娘は帰ってきた。
それでもまだ支離滅裂なことを言っていたようだ

 娘は日本航空を直前でキャンセルした。キャンセル待ちの方が
自分の代わりに、あゝよかったと乗ったであろうことを思うと
申し訳なくて居た堪れない。と、ずいぶん悩んだようである。
亡くなられた方や遺族のことを思うと時効はないのだと改めて知る。
 人の運命なんて「紙一重、神一重」であり、人間の力ではどうする
こともできないのだと悟った出来事だった。
 飛行機の事故の話を聞くたび、あの日のことを思い出して戦慄
を覚えている。誰も、明日を保障されない命の不思議。
 生かされていることに亡父を感じると娘は言う。

今、長い時間かけて「日本の魂」をめぐる対話を読んでいる。







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