第102話 ササゲのぼた餅

文字数 640文字

 20メートルはあろう長い綱に繋がれているクマに鳴きつかれた。
彼女が飛び出してきて「クマ心配要らん鳴くな」
「クマよ」と言ってやって、「クマよ」と言った途端に尻尾を振ってきた。

 中日は雨だった。前日は晴天に恵まれて墓参を終えて昼頃彼女の家に着いた。
彼女の住む離れには春の日が降り注ぎ、その風情は彼女の老後の幸を
象徴している様で、幸のお裾分けに預かった気分。 
 
 小豆よりうんと黒びかりのするササゲのぼた餅は机上の皿に盛り上げてあった。
弁当にお寿司を持参したが、私は、カツカツとぼた餅を4ツも食べた。
「うーん美味しい。ほんまに美味しい」
テレビの美味しいシーンを思い出して、二人で笑った。
 
 未来志向のおしゃべりができなくなって数年になるだろうか?それでも私が
土いじりしている時は、そろそろ大根を撒かなくてはとか、
夏野菜の植え付けとか、彼女に教えてもらったものだ。土を離した今となっては、
共通の話題は、思い出だけになった。
 
 楽しい時間は園瀬川の流れより早い。あっという間の5時間。
故郷の幸を(蜜柑、干し芋、干し柿、菜の花、漬物、ぼた餅」
リュック一杯に彼女の想いを背負って、路線バスに乗った。
自分で運転している時は、目の届かない故郷の景の死角も
バスの中からはよく見えた。
家も電柱も私の心をおもんぱかる様にゆっくりと流れてゆく。

「生きているうちにまたあいましょう」
 別れの言葉はいつも同じ。

 帰ってすぐ陽は、故郷の山に沈んだ。
 夕餉はお土産のササゲのぼた餅を食べた。やっぱり美味しかった。







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