第110話 番所役人の妻

文字数 1,254文字

 狼煙台を守る夫を支える妻の物語である。
ハラハラしながら筆者の筆の跡を今回もまた追う。私は、
この作者のファンである。が、最近まで本人を知らなかった。
ある会で、友に紹介して貰った。思ったより厳つげな男性だった。

 島の番所守秀人と女丈夫の妻、妙のある一日の雷より恐ろしい出来事である。
時は、鎖国日本の夜明け前という時代である。
秀人は鯵の開きの塩焼きの弁当を美味しそうに食べていた。
満腹で、うとうとしている時、何かを脳が聞いた。
聴き慣れない音を耳が捉えた。夢か現か?はたまた鯨か、異国船?
濃霧の海の彼方にいつもとは異なる微かな音に全神経を尖らせている
秀人の様子が目に浮かぶようだ。

 それは異国船だった。
「異国船がきたぞー。異国船だぞー」村人は上をしたへの大騒ぎをしている。
妙は大音声で「静まりなさい。この日のために予行演習をしているでしょう
さあ持ち場につきましょう」妙の沈着な指揮者振りに感じ入った。
男子は人間であるが女は人間扱いされなかったこの時代に、船乗りや村人
を相手に主導権を握って狂いなく指揮を取った妙。
こんなことは、かって日本にはなかったなかった事。想像もつかなかった事だろう。

 また異国船が岬に全貌を表すまで秒刻みの描写は未知を孕んで臨場感があった。
「なんてでけえ」驚く村人の後退りするくだりは真に迫っていた。
「怯んではなりません」蛇足になるが「憧れのをやめましょう」に匹敵するか?
妙の一喝でさらに法螺貝や太鼓が鳴り響く。
 
 驚くなかれ異国船は白鷺の如く美しい大船だった。
「おーこれが異国船か」?一斉のどよめきが伝わってくる。

 「いざ鎌倉だ」
小船で斧や大鎌を振り上げて異国船に立ち向かう様は滑稽に映るが
島人の必死の抵抗が如実に綴られ、文中に引き込まれていった。
 小船が、後200メートルまで近づいた時、異国船では
 「コビトガ、ナニゴトカサケンデイルゾ。ケチラセ」

 「太鼓、法螺貝、半鐘で脅せ」秀人の声が岬に島に響き渡る。

 毛色の異なる人間同士が息を荒げて見つめあっている。
その時、村に一丁しかない火縄銃が火を噴いたと知るや
「コレハナニゴトダ」?異国船で動揺が起きたと見た。秀人は叫んだ
間髪を入れず二発目の火縄銃がまた炸裂した。
牛とネズミの話を前にも書いたが、ほんに牛に向かうネズミより滑稽である。

 異国船になにがあったのだろうか?船は船首を変えたのだ。 
「櫓を漕げ。追うのじゃ」
勝負有りの法螺貝や太鼓の音が島に海に響き渡った事だろう。
異国船はこの島に近寄ったが上陸する予定ではなかったのだと感じた。異国船を
追っ払った村人に「よかったね。ご苦労さんでした」と私は
島民の団結力に惜しみない拍手を送る。

 この後、嘉永6年ペリー率いる艦隊が浦賀沖に現れ、翌年
「日米和親条約」を締結して長い鎖国は終わった。
波乱の末、日本の国は大きな転換期を迎えたのだ。

 騒動の後、妙は今日も鯵の処理をしている。日銭を稼ぐためである。
日常的な夫婦の絆が爽やかなタッチで綴られた番所夫婦の明け暮れ。
上手いなあと心腹するばかりである。





















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