第56話 法事と高膳

文字数 604文字

 「ちえさん、まあこっちへ来てごぼうでも削らんで」
まだ子供であったが叔母の家の法事の手伝いに行った。
お膳と塗りものの器を洗い、もみ(薄絹)で丹念に拭く。
子供の手伝えることは限られている。そのあと五目寿司
に入れる牛蒡を庭の隅に寄って削る(冒頭の如し)
  
 一族の結束は強く、曽祖父、曽祖母の00という人も
法事には同席。多い時には四0人にも及んだものだ。
お祖母さんたちは孫を連れて法事に出向いた。
やがて私も他の子供たちと一緒にご馳走を前にして並んで
いた。子供たちには「貧」という通じ合えるものがあった。
 お米の飯など数えるほどしか、見たことも食べたこともない
当時にあって法事は、年中行事以外の飛び入りの日だった。
 高膳(20センチほどの足のついた法事専用の善)を前に
膝小僧を出して神妙に座っている。亭主の
「どうぞお上がりください」のかかるまで待つ。待っている間、
涎を垂らすこともできず、飲み込む。コクンと音がする。
誰にも気付かれずほっとした事も色褪せた思い出である。

 ご飯とお汁、中猪口、お平にならえ、高膳に並べられているのは
代々伝えられてきた法事のおご馳走である。食材は家庭で採れた
季節の野菜と大豆の加工品を形を変え味を変えてある精進料理。
白和えは一番の好物だった。  
 一族と法事は、激動の昭和の歴史の中に埋没した。
 法事のお膳も人数も様変わりした。

 霊具膳に盛られているてんこ盛りのご飯だけは
 昔のままだ。







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