第58話 春遠からず

文字数 1,207文字

 昨年の2月、所属する趣味の会に出した一文である。
終の住処へ越して干支は2周りをとっくに越した。
小高い丘の上に小さい平家を建て季節の草木に囲まれて暮
らすという。夢のような理想とは裏腹に町外れの古びた二階
建に起伏し「我が人生こんなものかと諦観」している。
狭い敷地の中に家を建ててある。四方にできた狭い空間に草
木を植え、東面には飛び石を敷き、お茶席の真似事をして
少しだけ楽しんだ。が、寄る年並みで管理ができず、とうとう
三方の木を切り倒した。殺風景の一語に尽きるが、その分体も
気持ちも楽になった。残した東面の筧の季節を刻む音にわずかに
癒されている。 
 縞萱(蛍萱)を北窓の下に大きな鉢に移して育てた。蛍萱は、
節の流れのままにいつの間にか穂綿になった。飛びきれずに残っ
た穂綿は風にさらされている。河原と同じ枯れ薄になって朝の限
られた時間帯、陽に映えている。 
「お前も老いたか」呟きながら暖かい昼下がりを選んで枯れ薄を
刈り取った。蛍の灯る頃、また楽しめるようにと、鉢を日当た
りのよい南へ移動させた。

 野山に食べ物があるのだろうか?今年は小鳥たちが千両の実を
あさりに来ない。来たらきたで「実が食べ尽くされる」と愚痴る
のに、身勝手なもので、小鳥たちを心待ちしている己に呆れている。
 すっかり葉を落とした坪庭の土佐みずきは、小さい芽を宿している。
雪が舞っているというのに、自然はもう春に向けて準備をしている。
コロナに翻弄されたまま越年した日本列島に大雪警報が発令された。
雪よ降れ、ふれ、期待に胸躍らせている。

 本当に雪が降ってきた。
故郷の姪から「雪が降る。降ってきたよとメールが来た。
2〜3年前ならすぐ駆けつけたものだが、凍った道でスリップしたら
と考えると用心深くなって動けない。年は取りたくないものよ。
遠出の代わりにみどり庵(小屋)へ気分転換に移動した。頭上の雲は
垂れ下がり、雪花は1時間も舞った。その間、炬燵の中から変わり映え
のしない窓の外ばかり見て「余」?は満足だった。

 大根と不揃いの鏑が育っているだけの野菜畑の端に季節外れのブーゲン
ビリアが咲き誇っていたが、寒さで花も葉も見る影もなくなってしまった。
南国の花だから弱いのだろう。哀れを誘うので思い切って切った。
 窓の下の折り鶴ラン、銭の木や子持ちそうも軒並み寒波に息絶えた。
えにしの人の訃報に接したようで気は妙に落ち込む。
パァッと明るいところへ出たい。 2○21分2月

 水の流れるように月日は流れてすべて過去になってゆく。
1年前には、あんなに草木に癒されていたのに、人の運命なんて
一寸先は読めない。自分が決めて自分が選んだ道(未知)だ。
今は、日当たりの良いマンションで、窓辺に小鉢を並べて楽しん
でいる。窓辺は暖かいのか小鉢の花はもう春の兆しを見せている。
                       2○22/2月






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