第88話 小さい秋

文字数 928文字

 あの酷暑が嘘のように、住んだ空に鱗雲が生まれた。
やれ夏が果てたと思いきや、また温度計は上がる。気温と度数により
呼び方が変わるらしい。夏日、真夏日、猛暑日、極暑、これは気象用語
であるという。何はともあれ、今年のように気温が乱高下すると、老人や
病持ちは、高低差について行けず、家に籠るより他はない。外出の代わり
に窓辺によって外を見る。
 
 ベランダの塀の上に丸々としたスズメが一羽降りてきた。落ち着かぬ
様子でチョンチョンしてすぐ飛び立った。この辺りには小鳥も蝉もいないと
勝手に思い込んでいたが、少しは飛んでくると知って嬉しくなった。
空には境がないんだからまた飛んで来ると期待して、夕焼け空を見ていると、
鴉もトンビも舞っていた。いずれも1羽の単独飛行だ。動物の世界にも寡を
課せられた鳥もいるのだ。
 
 紅葉便りを聞くようになった。
よくぞ、今年の夏に勝った。そんな気分である。
さや風がゆっくり部屋を通り抜けて行く。窓辺に置いてあった
夏の花たちを外に出した。あとに小花の菊を2鉢を置くつもりだ。
 居間には引き越してきた黒竹、子持ち草と00。00は頂いた
時から名無しであった。すずなりに紅い実をつける。次々と実る
から向こう6ケ月楽しめる。茶碗や食器を動かすたびに、食卓の
紅い実は微かに揺れる。紅い実は家族であり、はらからである。
我流に「紅もどき」と命名して和んでいる。

 先月は見えなかったが、十五夜のまんまるいお月さんを見た。
上弦の月には夢があるが、下弦の月を見るとそこに人生が重なる。
「人は皆、この世へ修行の旅に出た旅人である。客の身なれば
接待の良し悪しは言うまい」誰であったか失念したが、
身に染む言葉が思い出される。

 秋たつ風に誘われて気がつくと津田山の麓にいた。息子に不要
とされた椿、酔芙蓉、ドウダンツツジや縞茅たちはお隣に移動した。
主が変わっても、酷暑にたえてよく育ち、縞茅は立派な穂を出している。
「好きなだけきって帰り」お隣のおじさんの声におんぶして数本
いただいて帰った。
 暑い、あついと言っても、自然は移ろうて行く。散策の道で出合った
千草に、心なしか秋の気配を感じた。風の音に、雲の流れに、茜色に
染まった空の下をねぐらへ帰るか、鴉の群れにも小さい秋を感じた。













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