第83話 さすらって一年

文字数 1,038文字

 朝の微かな風の色に、秋の訪れを期待している。
いつ核が使われてもおかしくないこの星は、いつも何処かで戦っている。
気候変動は、この星の悲鳴か。

 一年先は見通せないが、目まぐるしかったこの一年を振り返ってみる。
大きな転換、第三、いな第四の軌道に乗った積りで施設に入ったのは、昨年の9月二日。
見聞との差についてゆけず、たった二カ月で、こそこそと退所した。
そしてまた居を移した。

 コロナ禍と猛暑で家の中に閉じこもるより他ない。
何と言ってもここは窓を開けると故郷の山が見える。遠くに見える故郷の山に毎日
ひとり語りをしている。天気の良い日は、風車がはっきり見える。風車を見ると、
病院の窓から、風車を眺めていた兄を思い出す。
あの時、一人で兄は寂しかったのだろうと、今頃思う。

 コロナの蔓延で毎月出かけていた小旅行も行けなくなった。
このマンションに移り週2回はヘルパーさんも訪問してくれるので、
毎日が旅に出ているようなもの?最初は満足していたが、
自分の生活が定着すると、やはり旅とは違う。
 
 目の先の変化を求めて元の家へ帰ってみると、工事中。
ブロック塀を取り除いている。東面だけ残してあった庭木を切り倒している。
「ちょっと待った」やっとの思いで蹲のある一坪のみを確保した。この庭があるから
この家にもまた帰ろう。と、思えるのだ。息子とは、趣味も興味も価値観も違う個性と個性。
色合わせは難しい。が、自分の部屋も、四畳の庵もそのまま残してある。いつでも帰れると
いうことであるが、あの家に帰ることはないだろう。まぼろしの居のようなものになった。

 時代の流れを思う。
 テレビでも昭和の時代を面白おかしく映し出していた。
 私が明治を見るような目で若人はきっと昭和をみているのだろう。

 私の現世が、あと少ないと感じるのか?コロナ禍の中、娘や孫が、
陰性証明を持って矢鱈と帰ってくる。くるのは良いが、帰った後のあの寂寥。

 故郷の山は遠くて近い。朝の秋立つ風に、誘われて峠のトンネルへ、いざ。
思えばもう車がない。車のない生活には今もまた抵抗を新たに感じている。
エーイと、タクシーを予約した。急に心が弾む。
 故郷の山は泰然としていた。川は荒れ水嵩もなく(日本中豪雨に
痛めつけられているというのに、この町に降る雨は恵みの雨)
 昔、遊んだ清流はどこへ行った。
 廃校の後へ、鎮守の森の社へ、社の階段は見上げたままだった。
  残照が点在する廃屋を照らしている。それが故郷。
  命の限り鳴き通す蝉の声に声にあゝ、無常を知る。






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