第84話 笑った笑えない  

文字数 750文字

「思い出しても悔しいの」
一回りも年の差のある彼女は嘆く。私は微笑む。
 六十歳の娘とイオンの三Fで「一階下の二Fの百均売り場で合おう」と別れた。
彼女はエスカレーターでうっかり一Fまで降りてしまった。これはいけないとまた、
エスカレーターで上へ上がった。約束の通り百均売り場の前で待った。
が、娘は来ない。売り場を一回りしたが娘の姿はない。電話したが電話にも出ない。
 
 娘は二Fに降りて百均売り場で母親を待つ。約束の場所を離れたら、その隙間に母親
がくるかもしれないと、辛抱強く待つ。娘は携帯を不携帯していたので連絡が取れない。
思い余った娘は携帯を取りに帰った。

「ブーブー」彼女の携帯がなった。
「母さん今どこにおるんで」
「百均売り場の前で待っているけど、あんたは何しよるんで」
「何言っているの、私こそ百均の前でずっと待っているわ」
「ええー、百均の何売り場の前にいるの」
「00の前よ」
「そんなのここにはないよ」言って、アッと驚く為五郎ならむ彼女。
彼女は二Fで降りずにまたゾロ三Fに来ていたのだ。間の悪いことに
三Fにも少しだけ百均売り場があったそうである。

 私はボケが始まったと嘆く彼女。ニンマリする私。
程よい他人の不幸は笑えるのである。アッハッハ。
「まあぼちぼちついてきな。そんなことは日常茶飯事よ」先輩顔して言う。
「今からこれでは先が思いやられる」娘は案じている。ということである。

 他人事ではない。彼女と別れて帰ったその日、入り口のドアが開かない。
鍵が差し込めないのである。裏返し、表返しを繰り返していたら、部屋の中から
「階が違っているのでありませんか」
「ええー、アッ。すみません」そこは、一階下の他所さんの入り口だった。
早とちり、うっかりでは許されないことを今にしでかすかもしれない。
 笑えない現実である。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み