第19話 シヨウト、シヨウト

文字数 400文字

 屋敷というほどでない狭い敷地の一角を残して、とうとう
植木を切り倒す日が来た。
伐り倒されてゆく紅白の椿、黒竹に、さつきに、樫に、さよなら、
ありがとう。と、呟きながらじっと見ていた。
手入れができなくなったのである。植樹の時の昂りとは対照的に、
この侘びはいかんとやせんである。

 還暦を期に一線を引く。
持論に殉じて山裾へ隠居した。今思い出しても六十歳は若い。
第三の人生の夢や希望は限りなく膨らんだ。
まず、どの窓を開けてもそこに緑があるように植樹した。
1日中、土に塗れて、農耕民族の血は満足だった。

墨絵、俳句、俳画、水泳と始めたが、どれも長続きしなかった。
しかし、土いじりと旅行だけはずっと続けてきたが、限界にき
たようだ。

 終わりのあることも、老いることも、ずっと向こうの山の彼方
と思っていたあのころは「若かったなぁ」といみじく思う。

 やり残したことがあるような、無いような。
 兎にも角にも、長寿万歳である。


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