第16話 その笑い顔

文字数 561文字

 「ほんとビヨーインへいかなくていいの」
「そうよ、泣き過ぎてもう時間がないからばあちゃんが、先生してあげるわ」
泣き腫らし水鼻にまみれた孫娘が、泣き笑いのくちゃ、くちゃの笑顔で縋り
付いてきた。

 七五三の祝い着を持って訪ねた娘の嫁ぎ先。明日は七五三というのに、孫は
また風邪で熱を出していた。前日は注射され泣き喚いたらしい。軽い喘息も
あるから、すぐ医者に走りそのつど痛い目にあっている。悪循環の繰り返しで
医者と聞いただけで異常に反応しているようだ。

「さあ美容院へゆこう」と母親が言った途端
「ビョーウインへはゆかない」
「ビヨーインインではない。美容院だ」
いくら話しても聞く耳を持っていない
 悪戯に時間ばかりが過ぎてゆく。もう我慢がならんと私が割り込んだ。
母親が横から、
「ばあちゃんがお姫さんにしてくれるよ」
よほど嬉しかったのだろう。冒頭のくしゃくしゃの笑顔をしたのだ

天女の流した水晶の涙と見紛う。大粒の涙をぽろぽろとこぼし、顔を
くしゃくしゃにして喜んだ。子供にも嬉し涙は流れるのか?

 自分の子供には七五三どころではなかったから、せめて孫には……。
しかし孫に振り回され、主導権は孫が掌中に握ったままだった。

 泣きすぎて可哀想にうわばれていた顔がそのまま写真に残っている。
  なすこともなくあの日の写真を出して思い出し笑いをしている。




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