第70話 心と花と

文字数 1,097文字

 リタイヤした頃の原稿がまとまって出てきた。
 友人のFさんは、庭先に大事に育てている野牡丹を
道ゆく人に所望されされた時、数ない花だからと
お断りしたそうだ。
ところがその後1日中、後味の悪い思いをしたと、こぼしていた。

 花畑の草取りをしていると、お年寄りが二人通りかかった。
「きれいな花だねー、これはボケだわ、名前に似ずきれいねー
アッ!菜の花も咲いているわ」
除草の手を休めて、どんなかななのかなあと、顔をあげた途端
目があった。
もう春ですねー四温でつぼみがほころび始めましたと、ご機嫌に
受け返答していたら突然、
「私はその菜の花が好きなの一本ちょうだい」
いきなりのご所望に、一瞬何のことか理解できなかった
ほどだ。やっと咲き出した数ほんの菜の花、自分も眺めるだけ
の大事な菜の花。
このお婆さん厚かましいわ、断らなければと思った瞬間、
冒頭のFさんの話を思い出し、不本意ながら菜の花を3本
と根締めに紫大根の花を添えて差し上げた。
どうも近くの方ではないらしい。何度も礼を言って大きな声で
話しながら立ち去った。
「私は無性に菜の花が好きでねーの声が春風に乗って途切れとぎれに
聞こえてくる。悔しかったけど差し上げてよかったと思うと、その日の
一善が果たせたようなルンルン気分だった。

 それから一週間もすると菜の花が咲くわ咲くわ、あのお婆さんも一度
来ないかなあと心待ちしたが現れなかった。

 Fさんにあのお婆さんのことを話すと、Fさんホットしているようだった。

忘れるともなく忘れていたおばあさんのこと。
 今日、咲き始めた早咲きの秋桜の手入れをしながらふと思い出していた。
 目線を感じて顔を上げると、おばあさんがひとりにこにこしてこちらを見ている。

過日の礼を言われて、アッ、今思い出していたお婆さんだと分かった途端、
体が硬くなり返事も上の空で急いで除草を始めた。

今度はそのコスモスちょうだいと言われそうで無視してしまったのだ。
お婆さんは、花畑を仕切にめでて立ち去った。

 私はまだ数少ないコスモスを守ってほっとした。
ほっとしてから自分の軽率な挙動や心に、我ながらただ、呆れるばかりだ。

 あのお婆さん私のことお見通しだったろうと思うと、穴があったら
入りたい気分で、何とも嫌な1日だった。
 
 あのお婆さんまた来るだろうか。願わくば花盛りのときにまた
きて欲しいと、今となっては待つしかない。

 人間の心ってどうして不可解なんだろう。自分の心の中にもう一つの
人格の違った自分がいて、二つの自分が存在するだ。二重人格とも違う。
違った極が存在するようだ。
 何事も即断、即決で熟慮することに乏しい私は、
 このように悔いを残すことになるのだろう。
















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