Ⅴ. instinct was calling ♯4

文字数 919文字

 大きな想いを小さくまとめながら、スマホをタップし続けて三十分が過ぎた頃、悩んだ末にようやく浅桜くんへのメッセージが完成した。

『明けましておめでとう。今年もよろしく。日曜日楽しみだね』

 三十分も費やしてこれか、と思うけれど、だらだらしてなくていい、そう判断した。

 正直やけくそでもある。電話しようかとも考えた。でも元旦で忙しいかもしれない。だから、これできっと大丈夫。でも特別感はどこかへ出掛けてしまったらしい。

 浅桜くんにメッセージを送ると、カップにハーブティーを注いで乾いた喉を潤した。

 スマホを触っているうちに冷めてしまっていたけれど、ミントの清涼感とレモングラスの甘い酸味は衰えていない。

 しばらくすると階下でバタンと扉を閉める音が響いた。きっとお母さんだ。

 バラの差さったグラスは机に置いたままトレイとハーブティーを持ってリビングへ行くと、お母さんは窓の前に立ち、どこか寂しげな背を見せながら庭を眺めていた。視線の先にあるのは、朝日に揺れて凛と咲くバラの姿。

「おはよう、お母さん」

 その背に声をかけると、お母さんがゆっくりと振り返る。

「おはよう、緋莉」

「今日はゆっくりだね」

「そうね。元旦だし、たまにはね……。それよりいい香りね。ハーブティーかしら?」

「うん、さっきブレンドして淹れたんだ。お母さんも飲む?」

「ありがとう。いただくわ」

 よかった。体調を崩しているのかと少し心配したけれど、そういうわけではなさそうだ。

 お母さんに温め直したハーブティーを振る舞うと、ふたりで朝食の準備をしてソファーに腰掛けて食べた。

「わたしの部屋に持ってったバラ、もう枯れちゃったんだ」

 なかなか掴めない黒豆を弄びながら、なんとなくお母さんにそう伝える。

 だけど、お母さんは遠い目をしたまま、「きっと寒いからよ……」としか言わない。

 そのあともふたりでは到底食べきれない量のおせちを前に、お母さんに色々話しかけたけれど、会話はあまり弾まなかった。

 そのままスマホの通知を気にしつつ一日をリビングで過ごしたが、浅桜くんからの返信も一向に届く気配はなく、シンプル過ぎたメッセージを後悔して、お餅やおせちをだらだらとつつきながらわたしの元旦は終わった。

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