Ⅷ. Final truth ♯26

文字数 793文字


 結局思い出せないまま夕食の準備は整い、リビングに優陽を招くと三人で食卓を囲んだ。

 食卓にはいつもより豪華な洋食が用意されていて、わたしがお母さんに教わって作ったスープの他に、お母さんが焼いた菓子パンやロールキャベツ、それにオリーブとピクルスが入ったポテトサラダのようなものが並んでいる。

 優陽は特に緊張した様子もなく、ナイフとフォークを器用に使ってロールキャベツを口に運びながら、お母さんとの会話を楽しんでいるようにも見えた。話題はさっきの舞台のことだ。

「それじゃあ、舞台もお好きなんですか?」

「そうね、それにあれはヨーロッパの昔話だったから特に気になったの。若い頃はヨーロッパについて沢山勉強していたから」

「聞いたことのない言語のように思えるんですが、どういう意味なんですか? フェリチレア ファト・フルモスって」

 お母さんは美味しそうに白ワインを一口飲んでから答える。

「フェリチレアは幸福、ファト・フルモスは古語なんだけど、日本でいうところの昔話なんかに出てくる英雄みたいな若者のことね。強引に直訳すれば『英雄の幸せ』かしら」

 耳慣れない言語に、わたしも優陽も「へえ……」と声を漏らす。

「どこの国の言葉ですか?」

「ルーマニアよ」

 お母さんの言葉に、わたしも優陽も一瞬ビクッと肩を震わせる。まさか、こんなところでもルーマニアが関係してくるなんて……。

「因みにこのスープはチョルバ、こっちのロールキャベツはサルマーレっていうんだけど、どちらもルーマニアの家庭料理よ。それにこのパンはコゾナックと言って、これもルーマニアではよく食べられているわ」

「美味しいし華やかですね、まるでクリスマスみたいです」

「ふふっ、Sunt fericit. Mulțumesc」

「……え?」

 今、お母さんなんて言ったの? さっきからずっと気になっていたけれど、やっぱりどこかで聞いたことがある響きの言葉だ。

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