ed邂逅
文字数 2,077文字
さわさわと草木を揺らす風が吹き抜けていく。
本来なら頬に当たる風を感じて心地よい気持ちになったはずだった。
痛い。
ただただ痛い。
痛みにうめき声をあげたけれど、声が出たのかすらわからなかった。
皮膚に風が当たる痛みで顔をしかめようとすると、それがまた痛みを誘発する。
痛い。
ひたすら全身が痛かった。
ここはどこだろう。
風があるってことはダンジョン内ではないと思うんだけど。
焦げて張り付いたまぶたを無理やり開ける。
だけど眩しくてすぐに閉じてしまった。
光が目に痛い。
もっとも痛いのは目だけじゃないんだけど。
頭の中が痛いでいっぱいになる。
でも痛みはあとからあとから押し寄せてきて、どんどん溜まっていく。
際限なく蓄積する痛みはとても堪えられない。
でも痛みは容赦がなく、止めどなく押し寄せてくる。
ああ、考えるのも嫌だ。
痛い。痛い、いたい、イタイ。
痛いのを切り離そう。
痛いけど、痛いんだけど気にしない。
そう自分に言い聞かせる。
そうしないと心まで痛みで死んでしまうから。
せめて心だけは助けてあげないと。
暗い。
目を閉じているせいばかりではなく、心を閉ざそうとしているから暗いところに堕ちていくんだ。
でもそれを止められない。
止めてしまえば心が死んでしまう。
今は生き延びるために、心を痛みから逃がさないとダメだ。
そうしてようやく体の痛みと心を分離することができた。
体は相変わらず痛みの信号を発し続けているけど、心はそれをスルーしている。
危険なのは相変わらずだけど、今はこれでいい。
とにかく状況を確認しないと。
目を閉じたまま自分の体を確認する。
どうやら横になっているみたいだった。
でも地面が温かいのか冷たいのか、柔らかいのか硬いのかすらわからない。
全身の感覚がない。
まるで自分の体なんて存在しないみたいだ。
待って。
なにかある。
わずかに感覚が残っている。
その微かなものにすがる。
右手がなにかを握っていた。
――ザンヤだ。
私の体の片割れ。
一心同体の存在。
ザンヤは無事だった。
目に見えないのにそれがわかる。
それがわかった瞬間から、急速に意識がはっきりしてくる。
おかげで全身の痛みを認識しながらも心と体をコントロール下に置けるようになった。
口がわずかに開き、短く小さな呼吸を繰り返す。
それ以上は痛くて吸えない。
耳は奥の方でキーンという音がするけど、渡っていく風が揺らす木の葉の音を聞けている。
鼻は馬鹿になっていて臭いなんてわからない。
体は動かせそうにないけど、右手の肘から先だけは大丈夫そう。
ザンヤの柄を握る感覚だけが今は頼りだった。
ザンヤが無事なら敵と戦うことだって――
――敵!
体に力を入れる。
痛い。だけど立たないと。
立たないと戦えない。
トゥシスの無事を確認できない。
上体を起こす。力の入らない足だけでは立ち上がれない。
ザンヤを地面に突き刺して腰を上げる。
ふらつく体をザンヤで支えながらなんとか立ち上がった。
ゆっくりと目を開ける。
瞳に刺さる光の痛みをこらえながら周囲を見る。
目が霞んではっきりしないけど、どうやら森の近くのようだった。
ここだけは開けていて太陽の光が降り注いでいる。
どうしてこんなところにいるんだろう。
さっきまではトゥシスと二人でダンジョンを脱出しようとしていて、もう少しで出口ってところまできて……襲われたんだ。
一方的に攻撃を受けた。
きっと雷の方術だ。それに全身を焼かれた。
今の自分の姿を見たいとは思えない。
きっとひどい恰好になっているだろうから。
トゥシスは無事だろうか。
離れ離れになったイーサたちも心配だ。
ここがどこかわからない。今はとにかく学院へ戻ろう。
足を踏み出そうとして痛みに顔をしかめる。
でもまずは一歩。それからまた一歩。
進むべき方向もわからないけれど、前へ足を踏み出す。
人の声に反応してザンヤを構える。
だけどボロボロになった体がついてこない。
バランスを崩して仰向けに倒れた。
青い空が見える。
それから天にまで届きそうなほど高い塔。
高くたかく、まるで空を支えているような塔だった。
草を踏みしめる足音がする。
空を見上げる私の視界に何かが入った。
男の人のようだった。
でもピントを上手く合わせられなくてはっきり見えない。
なにを言ってるんだろう?
耳の調子がおかしいのか、さっぱりわからない。
視界が歪む。周辺が黒くなって消えようとしている。
さっきから息が苦しい。
体が重い。
急に理解できるようになった。
消えようとする視界の中、男の人は困ったような顔をして私を見下ろしている。
イーサやトゥシスに会いたい。
二人がどこにいるのかわからないけど。
友達に会いたい。