オリンピック新種目(静歩)

文字数 3,842文字

 俺の名前は啓努露土路恵(けいどろどろけい)という。
 変な名だが俺のせいじゃない。
 俺は子供の頃から足が遅い。
 もちろんこれも俺のせいじゃない。
 まあとにかく俺は走るのが遅い。
 それどころか歩くのも遅い。
 もう、めちゃくちゃ遅い。
 だけど俺の夢はオリンピックだ。
 一度でいいから出てみたい。
 メダルがほしい。
 メダルと言えば、俺は金とか宝石とかが大好きなんだ。
 俺は好物のサツマイモを食いながら、そんなことを考えていると一発屁が出た。
 そうか! 屁の勢いを推進力として使えばオリンピックでも…
 いやいや、くだらん。あああもうどうでも良い。
 そう思っていたら、突然俺の目の前に自称「スポーツの女神」とかいう、猫顔の美女が現れ、俺に向かってこう言った。
「あなたは昨日、猫を助けましたね」
「え? そうだっけ?」

 いきなり目の前に猫顔の美女が現れ、出し抜けに妙なことを訊くものだから、俺は一瞬頭がフリーズしたが、すぐに思い出した。
「ああ、そうでしたそうでした」
 確かに俺は昨日、トラックにひかれそうになった仔猫を助けた。
 俺が風呂敷を抱えて、商売で訪れていたお宅の門を出たら仔猫が道にいて、向こうからトラックが…、そうだった。珍しく俺は良いことをしたのだった。
「よくご存知で」
「私はスポーツの女神ですので、あなたの行動はみんな知っています」
「俺の行動をみんな知ってらっしゃる?」
「そうです」
「それはまいったな…」
「まいらなくても結構です。何故なら私はスポーツの女神ですから」
「スポーツの女神だと、まいらなくて結構?」
「あたりまえです」
「へぇー、そうなんですかい」
「そうです。ところで私はあなたの願いを一つだけ叶えてあげようと、あなたの元にやって来ました」
「願いを叶えに?」
「そうです」
「そらまたどうして?」
「あなたは昨日、猫を助けたじゃないですか」
「そうなんすか。そんな事で願いを?」
「あたりまえです」
「でもどうして?」
「何故なら私はスポーツの…」
「そうでしたそうでした。女神さんでいらした」
「そうです」
「じゃ、よろしいんですかい、叶えてもらって?」
「もちろん。私はスポーツの…」
「わかりましたわかりました。スポーツの女神さんでいらした。それじゃ、何でもいいですね。へへへ。じゃええと、難破船を、ええと、金銀財宝、いやいやそんなものよりも、タイタニックのブルーダイヤモンドなんか…」
「あのぅ、そういうの、私、専門外だからだめなんです」
「専門外? じゃ、何がご専門で?」
「私はスポーツの…」
「そうでしたそうでした。スポーツ御専門ですね。そうか。よし! ええと、俺は足が…」
「あらかじめ言っておきますが、私はあなたの足を速くすることは出来ません!」
「へ! じゃあ、あんた…、いやいや失礼。あなた様は、一体全体どういうことがお出来になられるので?」
「あなたはオリンピックに出たいでしょ。わたしそのこと、知っています」
「よくそんなことご存知で」
「私はスポーツの…」
「そうでしたそうでした」
「だからあなたをオリンピックに出られるようにしてあげます。しかも陸上競技です。それも長距離です。長距離…、でも、競歩みたいなのがいいかも。そうです。競歩みたいなのにしましょ」
「人の願い事をずいぶん勝手に決めますね。でも、おれは歩くのも遅いですよ。走るのはもっと遅いけど」
「歩くのが遅くても大丈夫です。実は私の専門はオリンピックのルールの変更です。私は魔力で国際オリンピック委員会の会長を思いのままに操ることが出来ます。これ即ち私の専門です。それでは新しい競技を創設します」
「どんなやつ?」
「あなたは商売柄、全く音を立てずに早歩きができますね」
「ありゃりゃ。あなた、俺の商売をご存知で?」
「私はスポーツの…」
「へへへ。そうでやんした。確かに音を立てずに速歩きが出来ます。スピードそのものはそんなに速くないけど」
「でも、普通の人が音を立てずに歩くよりは遥かに速いでしょ」
「まあ、そうでしょうね。そんじょそこらの連中よりは。それに俺は、とにかく、もう全く音を立てずに歩けますからね。人様のお宅で、そこの人が寝てらっしゃっても、俺は平気でそこを歩けますからね。へへへ」
「そうですね。すばらしい才能です。でも私はあなたのその才能を、たまには良いことに使ってほしいのです」
「たまには良いことにって…、俺がいつも悪いことをしているみたいだな!」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。何たってあなたは猫を助けるような大変優しい心の持ち主ですから」
「へへへ。そうですかい。そうおっしゃっていただくと有難うござんす」
「とにかく! 全く音を立てずに速く歩くことを競う競技を創設します」
「で、それは何と言う競技で?」
「ええと、その名前は静かに歩く…、そうです。『静歩』にしましょ。この考えをオリンピック委員会の会長の脳内にインプットします。これで万事OKです」
「静歩ねえ。しかしあなた、他人の願いの内容までずいぶん手際よく決めますね。まあいいけど」
「それは私がスポーツの…」

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「あ~、そういうわけであるからにして、あ~、今回、あ~、オリンピックに新種目を創設いたす! しかしてその名称は『静歩』に決定する!」
 ぱんぱかぱぁ~~~ん♪
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「さて、いよいよオリンピック『静歩』の決勝です。本日は静歩、即ち静かに歩く事では草分けともいえる、静歩界のオーソリティーの、石川五右衛門先生に解説をお願いします。石川先生、よろしくお願いします」
「よろしくお願いするでごわす」
「さて石川先生、まず静歩のルールを簡単にご説明頂けますか?」
「よろしい。静歩とは、わしも得意でごわすが、あ~、全く音を立てずに速歩きをすることでごわす。選手が少しでも音を立てたら即失格でごわす」
「で、どのようにして音を立てたかどうかを判定するのですか?」
「音を立てたかどうかは、審査員が判定するでごわす。その為に審査員には世界中から選りすぐりの地獄耳の持ち主が選ばれておるでごわす」
「当然この競技は屋外では不可能ですよね。周囲の騒音なんかが邪魔になります」
「もちろんそうでごわす。したがってこの競技は完璧に防音設備を施した体育館内で行うでごわす。もちろん観客も一切音を立ててはいかん。競技の障害になるからでごわす。実況もそうでごわす」
「ええ、そういうわけでありまして、ええ、し~んと静まり返った、体育館からの映像をモニターで見ながら、ええ、私たちは、スタジオから実況しているところでごわす…いやいや、ございます。さて、いよいよ決勝ですが、優勝候補はやはり、啓努露土路恵選手でしょうねえ…」

 さて、俺は静歩優勝のため、スタミナをつけることにした。
 何でも、スポーツのスタミナはブドウ糖がいいらしい。
 スパゲティーなんかがいいそうだ。
 だけど俺はスパゲティーなんぞ買う金がない。
 全財産はたいて遥か遠いこの国までの交通費を捻出したからだ。
 そして今日は決勝だ。
 しかし俺は今おけらだから食うものを買うことができん。
 ああ、腹がへった。
 たまらん。
 困った困った。

 ところが競技会場のある体育館は郊外の田舎にあって、周りはだだっ広い畑だ。
 しかもそこには芋が植えてあって、その上、誰かが焚き火をしていた。
 そして焚火をしている奴は遥か遠くで農作業の手を休め、昼寝をこいている。
 はっきり言ってチャンスだ。
 そこで俺は特技を生かし、芋を手に入れ、しかも焼き芋にすることも出来た。
 これを食えばスタミナは十分だ。
 優勝すれば金メダル! 
 これを売れば結構な金になる。
 それどころか、テレビで有名になれば、スポーツコメンテーターなんかになれるかも知れん。
 そうすると静かに歩く特技を使わなくとも食って行けるかも知れん。
 へへへ。

「さて啓努露選手、二位のアリババ選手に大きく差をつけてゴール目前です。アリババ選手のあとはアラジン選手、アビスマル選手と続いています」
「石川先生、もう啓努露選手の優勝間違いなしですね」
「ここまでくればもう大丈夫でごわす。何せアリババは普段、馬に乗って商売しておる。静歩にかけては啓努露にはかなわんでごわす。それに、じゅうたんで移動しとるアラジンも問題ではない。アビスマルは要領悪いでごわすからのう。はっはっは」
「そうですね。さて、いよいよゴールが迫ってきました。もう啓努露選手は独走態勢。啓努露頑張れ! 啓努露頑張れ!」
「そうでごわす。行け行け! 啓努露! 頑張るでごわす!」
「さて、スタンドは騒然! いやいや、大変静かです。日本からの応援団は、みな苦しそうに息を凝らして、パントマイムで応援しています」
「それにしても苦しそうな応援でごわすのう」
「そうですね。声を出す訳にいきませんから。あれれ、でも啓努露選手も何か苦しそうな表情をしています」
「おやおや、どうしたでごわすか?」
「あ、啓努露選手、何と、立ち止りました。そして何と、そのままうずくまってしまいました。啓努露選手は身をよじって苦しんでいます!」
「何かを我慢しとるようでごわすのう」

 ぶー!

「何でしょうこの大音響! それに、どうやら啓努露選手ゴール目前で失格のようです」
「ありゃりゃ、屁が出たでごわす」

 芋食えば パンツ破れる屁の強さ…お粗末
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