タイムママチャリ3

文字数 4,071文字

 2からの続き

     3
 するとそこには新車の状態のサイクリング用の自転車が置いてあり、その隣に彼が未来から乗って来たママチャリを停めた。
 そしてしばらくすると、19歳の若者が家から出て来た。
 それで彼は、早速その子に声をかけた。
「よう! ケイスケ君。新車だね」
「え?」
「そうか、僕が19の頃はそんな感じだったんだ。懐かしいな」
「え? 何の話です?」
「まあいいじゃない。自転車、今日届いたんだろう?」
「え…、ええ、そうですよ。だけど、おじさん、ええと、どちら様で? 親戚のおじさんですか?」
「ええと、分かんないかな、僕のこと」
「え?」
「まあいいや。実は君に折り入って…、ええと、ちょと話があるんだ。ちょっと自転車でそのへん行かないか?」
「え? ええ…」
「ところで君、タイムマシン開発したいだろう?」
「ああ、それなら中学の頃からずっと考えていましたよ。よく知ってますね」
「僕は君のこと、何でも知ってるよ。小学校の頃から科学の図鑑なんかを読んで、タイムマシンの出てくる小説も読んで…」
「え? そんなことまで知ってるんですか?」
「ああ、それと君は額に傷があるだろう。小学校五年のときに、バットが当たって怪我しただろう?」
「え? ええ…」
「実は、僕にも同じ場所に同じ傷があるんだ。ほら」
「あ、本当だ!」
「それに、小学校3年のとき、事故で右足を骨折しただろう。その影響で右足が少しだけねじれてて、それでつま先がちょっぴり左を向いているよね。ほら、僕もそうなってんだ」
「え! じゃ、もしかして、あなたは…」
「そうだよ。僕は未来から、この自転車でやって来たんだ」

 それから彼らは、ママチャリと新車のサイクリング用の自転車で走りに出掛けた。19歳の彼は、サイクリング用の自転車をゆっくりと走らせ、56歳の彼の乗るママチャリのペースに合わせてくれた。
 そしてしばらく二人は風を切って走り、二人が向かったのは、海が見渡せる干拓地の堤防だった。
 そして自転車を停め、二人はいろんな話をした。

「やっぱりあなたは未来の僕だったんですね。タイムマシンで未来からやって来たんですね。しかもよりによって、お母さんが乗るような自転車をタイムマシンに改造しただなんて!」
「そうなんだ。それでね、僕はもちろん、君みたいに大学では物理学科へ進んだ。だって僕は君だもんね。そして、それからもずっとずっと、タイムマシンの研究はこつことと続けたんだ。そしてそれは2015年に完成した。君にとっては、今から37年後だ」
「37年後かぁ」
「そしてそれがこのママチャリだ。だから僕は、これに乗って1978年の君に会いに来たんだ」
「つまりママチャリがタイムマシン…、ですか。ところで、19歳の僕のところへ来たのは、そのタイムマシンを僕に見せるため? それとも、僕の新車の自転車を見たかったからですか?」
「それもあるけど、実はちょっと違うんだ。もっと重大なことなんだ」
「重大なこと? それは何ですか?」
「驚かないで聞いてくれよな。実は…、実は君の両親は、つまり僕の両親でもあるけど、あと5年で、つまり1983年に癌で亡くなるんだ。二人とも、50歳でね」
「え?」
「実は、両親の病気のことは、いろいろと調べたんだ。そしたら未来では、腫瘍マーカーといって、血液でも癌は調べられるし、画像診断といって、体の内部を克明に調べられるんだ。つまり体を輪切りにしたような像だって得られるんだ。輪切りだけじゃなくて、いろんな方向から切ったような像だって得られるんだぞ。しかもそれにはいろんな方法が開発されているんだ。全身を撮影して、癌のあるところだけ写るような検査だって、開発されているんだぞ。そして癌は、たった一個の癌細胞から増殖して、何年も、何十年もかけて次第に大きくなり、やがて症状が出て、そして発見される。だけどそのときは、手遅れってことも往々にしてあるんだ。だけど早い段階で精密な画像診断を行えば、しかもいろんな種類の画像診断を組み合わせれば、それに腫瘍マーカーも。とにかくいろんな検査をすれば、ごく小さな癌が見付かって、手術で治せるかも知れないんだ。それに手術だって、体を開けなくてもいい方法もいろいろ開発されているんだ。癌の薬だってそうだ」
「ねえ、どうしてそんなに医学のこと詳しいんですか? 物理学科なんでしょう?」
「僕は何でも詳しいよ。勉強する時間、いくらでもあるからね」
「勉強する時間がいくらでも?」
「僕は自由に生きているからさ」
「自由に? ねえ、ところで僕、2015年には何をしているんですか? どんな職業?」
「ええと…、だけどそれは、言わない方がいいかも。でも心配するな。質素だけど、そこそこ幸せに暮らしているから」
「そうですか。質素だけどそこそこ幸せに…、だけどあんまり欲張っちゃいけないですもんね。それに、質素に暮らすって、僕も好きかな」
「やっぱり君は僕だよな。考えることが同じだね」
「そうかも。それに、念願のタイムマシンも作ることが出来るわけだし。それが一番ですよ」
「そうだよな。それで、ええと…、両親の病気のことなんだけどね」
「もしかして、その…、50歳で亡くなるっていう…」
「だから未来へ行けば、さっきも言ったように、早い段階で癌が見付かるかも知れないし、そうすれば、必要な治療も受けられるはずなんだ」
「そうなんだ!」
「だから僕はこのママチャリに、自転車をタイムマシンに改造できる部品を2台分積んで来たんだ」
「ところで、タイムマシンに改造って、とても大がかりなものかと思ったら、意外とシンプルなんですね」
「こんなにシンプルにするのに、何十年かかったと思ってるんだ?」
「そうか。そうですよね。37年かかったって言ってましたよね」
「そして僕は、シンプルなシステムにこだわったんだ」
「どうして? ああ、それはシンプルに越したことはないですけど」
「もちろん自転車に載せるためさ。とにかく僕は、自転車でタイムマシンを作ることにこだわったんだ。理由はともかくね。そしてさっきも言ったように、僕はこのママチャリに、タイムマシンがあと2台作れるだけの材料を積んで来たんだ。だからタイムマシンは合計3台になる。それで僕がお父さんとお母さんを、未来へ連れていこうと思っているんだ」
「なるほど。お母さんも乗るなら、やっぱりママチャリですよね!」
「よし、それじゃ今夜にでも、両親に詳しい話をしてみようかな」

 そしてその夜。
 彼はタイムマシンと、それから将来の両親の病気の話をした。
 だけど両親は、なかなか彼の話を信用しなかった。そんな夢物語のような話なんて、誰だって簡単に信用するはずがない。
 だけど彼が、家の事情にとても詳しいこと。それから19歳の彼と56歳の彼の、全く同じ場所にある額の傷や、はたまた、ほくろまでが克明に一致すること。そして彼が幼い頃に、アイロンで火傷をしたその痕を母親が指摘し、それが全く同じ場所にあったということ。そしてそもそも、年齢は違うけれど、二人がとてもよく似ていたこと。
 だけどそれよりも何よりも、警察官で鑑識の仕事をしている彼の父が、翌日、二人の「彼」の指紋を調べ、全ての指において、それらがぴたりと一致することを知り、両親ともに、「彼が彼である」と、確信したのである。
 そして将来の自分たちの病気のことも…

 それで、新たに2台のママチャリを購入し、それから早速彼は、それらをタイムマシンに仕立て上げた。
 そして彼と両親は3台のママチャリを連ね、1978年のその堤防の道から、2015年のその場所へと移動した。
 それから、堤防に程近いところにあった、とある総合病院へ行き、そこで両親は癌を見付け出す、ありとあらゆる検査を受けることとなった。
 ところで両親二人とも、この時代の人間ではないので、健康保険が通用しないのだから、全額自費となった。まあそれは仕方のないことだ。
 そしてさまざまな検査の結果、二人とも、ごく少さな癌が発見された。
 結果を説明した先生は、これは奇跡に近いと言っていた。
 そして程なく手術が行われ、それは比較的簡単な手術で経過も良く、それからしばらくして、先生からは、「お二人とも完治しましたよ」という言葉をもらった。
 それからその先生は言った。
「お二人とも、どういうご事情で健康保険をお持ちにならないのか存じませんが、この手術は最新のものですので、臨床研究ということで書類を作らせていただいてます。だから、お支払いは随分少なくなっているはずですよ」

 そして彼らは、再び3台のママチャリを連ね、堤防の道から1978年へ戻り、その夜は快気祝いの御馳走を食べ、それから翌朝、彼は自分のママチャリで2015年へと戻った。
 ところが、彼が自分のこじんまりとした家へ帰ってみると、何故かそこは住宅地になっていて、彼の家はもはや存在しなかった。
 驚いた彼は何となく予感がして、それで両親の住んでいた家へと向かうと、何と年老いた父が、庭で家庭菜園でもやっているようだった。
 それを見た彼は、驚きと、そして大きな喜びを感じた。それから家に入ってみると、やはり年老いた母親がお帰りと、元気に声をかけた。彼の喜びは二倍になった。
 それから彼が、何故か直感的に分かった自分の部屋へ行ってみると、そこにはタイムマシンの開発器具や何やかやが、そして沢山の書物も、あたかもあのこじんまりとした家から引っ越してきたかのように、整然と置いてあったのだ。
 つまり1978年の両親が、2015年に受けたあの治療のおかげで、すっかり歴史が書き換えられ、彼らは50歳で死ぬことはなく、父は警察の仕事を勤め上げ、退職金をもらい、年金ももらい、両親とも82歳で健在だった。
 そしてその家に住み続け、悠々自適の老後を過ごしていたのである。
 そして彼自身は、その年老いた両親と一緒に、やはり悠々と、プロの家庭教師兼タイムマシン研究家として、相変わらず質素に暮らしていた…、ことになっていたのだ。

 4へ続く
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