何時でも何処でも音楽椅子 動画YouTube配信中

文字数 6,137文字

 ついに完成した。
 何時でも何処でも音楽椅子!
 この椅子のために俺は長年夜も寝ずに昼寝して研究に勤しんできた。

 この椅子の内部には、最新のエレクトロ技術を駆使した物凄い電子回路が組み込まれていて、それはタイムマシンの機能と所謂「何処でもドア」機能の両方であり、この椅子に座ったままにして瞬時に、何時でも何処でもに移動できるのである。

 ただし、何時でも何処でもといっても、滅多やたらの何時でも何処でもという訳ではない。
 ともあれ、過去において有名な音楽の演奏が行われた「その時」「その場所」限定の何時でも何処でもなのである。

 ええと、分かりにくいですか?

 とにかく俺はこの椅子に座って、目の前のコンソールを操作する。
 で、過去に行われた有名な演奏の、「何時、何処」の情報は、特殊なディスクに詳細に記録されている。

 それで、聴きたい演奏情報の入ったディスクをコンソールにあるポートに入れると、機械が情報を読み込み、すると椅子に組み込まれたタイムマシン機能とテレポーテンション機能が同時に発動し、そしてその椅子に座ったまま、俺は瞬時にその演奏の「現場」へと移動できるのだ。

 しかもそこは特等席だ!

 でも、そんな大それた場所に、椅子に座ったままの俺がいきなり現れたら、きっと指揮者や演奏家たちはぶったまげるだろう。
 だけどその辺はとても上手く出来ていて、詳しいメカニズムは企業秘密なのでバッサリとカットするが、ともあれ彼らのうちの誰一人、俺のことに気付かないのだ。
 というか見えないのだ。

 だからそれがコンサート会場だったとしても「お客さん、入場料は?」なんて野暮なことは言われないし、スタジオなんかでも、誰も俺の存在に気付かないから、何事もなかったかのように演奏は続けられる。
 ともあれ俺は椅子に座ったまま、特等席でその演奏を聴けるのだ。

 そういう訳で、俺は毎夜毎夜、幾つかの歴史的名演奏の「現場」へ行き、例えそれが数十年前の遠い国で行われたものであったとしても、時を超え、空間を超え、俺はその名演を堪能し、感動を味わったのだ。
 それにしても俺は凄い機械を発明したもんだ。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「…そうなんです。主人は毎夜毎夜、突然夜中に起き上がり、ステレオのところへ歩いて行きレコードをかけ、椅子に座って聴いているようですが、目はうつろで眠ったままのようだし、もちろん話しかけても返事はしないし、それで、何枚かレコードを聴いたらまたベッドへ戻り、そのままガーガーと眠るようです。一体これは何なのでしょうか?」

 相談にやってきた女性がそう言うと、とあるメンタルクリニックの医者は答えた。
「もしかして、ご主人は夢遊病ではないでしょうか?」


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 断じて俺は夢遊病なんかではな~い!
 寝ぼけているのは女房のほうだ!!
 俺は本当に何時でも何処でも音楽椅子を完成しているのだ!!!

 まあそれはいい。

 で、その証拠をお見せしたいと思う…、つまり本当に俺がその椅子の作用で、過去の名演の現場にいたことを証明すれば良い訳だ。

 そう思って、俺はあれこれ思案したが、例えば後にDVDなんかで公開された演奏の場合、現場でテレビカメラに向かって写って手を振る…、いやいや、実は俺の姿が見えると大層都合が悪いことは、前の話で述べたとおり。

 そもそも突然変な奴が椅子に座ったまま乱入したら、間違いなく大騒ぎになる。
 そして変なことをすれば早速つまみ出される。
 だからそうならない為に、現場では誰にも俺の姿が見えないよう、機械を設定してあるというのは、前に述べたとおりだ。

 だけどテレビカメラに向かって手を振る代わりに…、ええと、ええと、俺は考えたのだが、同じ「ふる」でも、屁をふるという手がある。

 屁は音だ。
 音なら姿を現す必要がない。臭いはこの際どうでもよい。

 それで実際、この何時でも何処でも音楽椅子は、現場で俺の姿は見えないように設定してあるが、俺の発する音は周囲に聞こえるのだ。
 何故か? いやいや、そういう設定になってるのだって!

 ところで、実は俺はおなラッパ奏者(別稿、おなラッパ -Wsopediaで詳述)の如く、何時でも何処でも自由自在に屁がふれるのだ。
 屁で音楽を奏ることさえ可能なのだぞ!
 そうすると俺とこの椅子のコンビネーションは、何時でも何処でも音楽おなら椅子ってか。

 まあそういうこともどうでもいい。

 それで、あ~、俺のレコードコレクションの中にある、クラシックコンサートの実況録音盤のレコードを聴いていると、例えば第一楽章と第二楽章の狭間の10秒ほどの間、演奏は止まり、お客さんは「この時ばかりに!」と咳払いなんかをやる。

 咳ばらいをしたかったお客さんは、それまで修行僧の如く咳ばらいを我慢していたのだ。
 それはコンサートにおけるエチケットだ。
 まあまれに、演奏でピアニシモの時なんかに、豪快にくしゃみをやってしまうおっちょこちょいもいるが…

 ともあれ、楽章の挟間なら左程演奏を汚すこともなく、常識的な範囲の音を出すことは可能だ。
 たとえそれが収録に入ってしまってもだ。
 実際咳払いする人なんか数人くらいいるわけだし。

 それで、そういう考察の末、やはり楽章の狭間の無音部分でおならをふるというのが一番ブ難だろうと、俺は考えた。

 それから俺のレコードコレクションにあるいくつかの実況録音盤の中から、とある演奏会の、とある瞬間を選び、ここでふることに決めた。(演奏会の具体的な情報は作曲家や指揮者、演奏家の名誉のため、伏せておく)

 で、実はこの演奏会において、とある楽章の挟間において、二人の人が咳払いをする。
 そして俺は、二つ目の咳払いの直後に一発「ぶっ!」と決めてやろうと決めたのだ。
 つまり「ごほん」「ごほん」「ぶ!」

 で、何時でも何処でも音楽椅子で時空を超えそこへ行き、実際にやってきた。
 それで、帰ってきて早速喜び勇んで自分のレコードのその部分を聴いてみた。
 ところが見事に消されていた。

 もちろん相変わらず「ごほん」「ごほん」は入っているのだが、肝心の「ぶ!」が聞こえないのだ。
 それでヘッドフォンを使って、音も大きくして聴きなおしてみたけれど、「ごほん」「ごほん」は入っているが、「ぶ!」が入っていない。

 だけどよくよく聴いてみると、どうやら人為的に消されているようだ。
 何故それが分かるかというと、その瞬間、コンサート会場のざわざわとした背景の音も消えているからだ。

 どうやらコンサートで、例えそれが楽章の挟間であったとしても、おならなどという下品な音は望ましくないと録音技術者が判断し、マスタータープ作成時に消されたのではなかろうか。

 だからいずれにしても「しょぼく歴史が変わった」と、言えなくもないが、これでは全く説得力がない。
 困った困った。


 ところで俺はいっぱしのおなラッパ奏者だ。くどいようだが、おなラッパについては別稿「おなラッパ - Wsopedia」にて詳しく述べてある。

 そして得意なのはクラリネットの音だ。
 つまりクラリネットの音のするおならをふり、しかもそれで音楽が奏でられるのだ。
 そのとき俺の脳裏に閃光が…
 これだ!

 しか~し! 格調高いクラシックの歴史的名演にておなラッパは、ちと申し訳ない。
 はっきりいって下品だ。

 そう思った俺は、たまたま俺の知り合いで、とても仲の良い、しかも我が国屈指のクラリネット奏者(本当だってば!)のことを思い出した。

(そうだ! あの人に頼もう!)

 
 それはそうと、俺のレコードコレクションのなかに、とある歴史的巨匠の作曲した、交響曲40番の実況録音盤というのがある。

 実はこの交響曲には二つのバージョンがあり、一つはクラリネットのないバージョン、もう一つはあるバージョンだ。
 つまりその歴史的巨匠は、後からクラリネットのパートの譜を付け足し、クラリネットありのバージョンに仕上げたのだ。

 で、実際の演奏ではどちらかのバージョンが、指揮者の好みなどで選ばれ、演奏される。
 それで俺は、クラリネットのないバージョンの演奏会に着目。
 もちろんこれも何十年も前の演奏会で、レコード化もされ、俺もそのレコードはコレクションで持っている。

 そして俺はその知り合いのクラリネット奏者に、諸々の詳しい事情を話し、で、その人は俺のそういう荒唐無稽なSFチックな話もきちんと信じてくれ、(そういうキャラの人なのだ!)それで何時でも何処でも音楽椅子に座ってもらい、件の演奏会へと送り込み、つまりクラリネットのないバージョンの演奏会場で、その人にクラリネットのパートを吹いてもうことにしたのだ。

 ただし、多少なりとも演奏を汚しては申し訳ないので、ある1小節のみ、そっと吹いてもらうという計画にした。
 そしてもしその音がレコードに残っていたら、その人が現場にいた証拠となるではないか!

 そういう訳で、そのクラリネット奏者は何時でも何処でも音楽椅子に座り、演奏現場へ行ってもらうのだが、「万一見えてしまった時のため」と言って、その人はきちんとした身なりをし、愛用のクラリネットを抱え、そして椅子に座った。

 そして歴史的演奏の現場へ…

 ところがこの際俺は、どうやらとんでもない手違いをやらかしてしまったようである。
 その人の行く時間を間違え、というか1日前にセットしてしまい、しかもどういう訳かその人はその現場で「見えて」しまったらしい。

 とにかくこれらは俺の設定ミスだ!
 もっとも椅子そのものは、予定通り「見えなかった」ようだけど。


 ともあれ、無事、何時でも何処でも音楽椅子で帰ってきたその人の話によると、その人の行った先は、どうやらコンサート前日の、リハーサル開始直前だったようだ。
 そしてその人は幸い、きちんとした身なりをして、クラリネットを携えたいた訳だ。
 
 ちなみにその人はクラリネット奏者として、その演奏会の行われた国に留学経験も持ち、もちろんその国の言葉も堪能だった。


 ところで繰り返すが、ここで演奏される予定の交響曲40番は、クラリネットのないバージョンだ。
 だけどそのときの指揮者は音楽界の重鎮だったのだが、大変ユーモアのセンスもお持ちの方だったことが幸いした。

 で、そのときクラリネットを抱え、突如「ずぼっ!」という感じで、そこに現れたその人を目ざとく見つけた指揮者は、にこやかに「おお、新人のクラか。で、突然やって来たお前さんは、一体どこから来た?」と言ったそうだ。

 それでその人が「あなたの知らない遠い未来からやって来ました♪」と言うと、その指揮者は大層面白がって、「おかしな奴だ。わっはっは。それじゃ予定外だがお前さんもやってみろ」ということになったらしいのだ。

 それからリハーサルが始まり、だけどその重鎮の指揮者はとても厳しく、だけどとても丁寧に指導してくれたらしい。
 つまり、何故にこのパートはこのように演奏しなければいけないか、などということを、きちんと理論的に、そして情熱的に教えてくれたらしいのだ。
 そしてリハーサルは長時間に及んだ。

 ともあれその知り合いのクラリネット奏者は大変感動し、そして貴重な時間を過ごすことができたらしいし、もちろんそのクラリネットの演奏は指揮者にも気に入られ、指揮者は「本番でも吹いてみろ」と言い、そういう訳で本番の演奏会は大成功裏に終わったらしく、当然その実況録音盤であるレコードにも、そのクラリネットのパートもばっちり録音されていたのだ。

 つまり俺のレコードコレクションの交響曲40番は、いつのまにやらクラリネットありのバージョンに入れ替わっていて、レコードのライナーノーツには、「リハーサル時に突然謎のクラリネット奏者が現れ、その奏者は見事な演奏をこなしたが、それが誰であったかは永遠の謎である」というようなことが、いつの間にか追記されていたのだ。


 つまり俺が発明した何時でも何処でも音楽椅子は本当に時空を超え、リスナーを演奏の現場へと誘うという、素晴らしい機械だということがお分かりいただけたと思う。

 断じて俺は夢遊病なんかじゃないのだ!!


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


「先生、俺は夢遊病なんかじゃないですよ!」
「まあ、多くの患者さんはあなたみたいに、そういう風に言われます」
「そうですか? 先生がそんなこと言うならと思って、俺が何時でも何処でも音楽椅子を完成したという、動かぬ証拠を持ってきましたよ」
「いつでもどこ…、はぁ、何ですかそれは? で、動かぬ証拠?」
「ところで、先生はクラシック音楽のファンでいらしたでしょう?」
「はぁ、それは確かに…」
「だったらこのレコードを見てくださいよ。交響曲40番! 動かぬ証拠です!」
「ああ、これは例の、謎のクラリネット奏者が飛び入りで参加したというやつですな」
「へ…、先生どうしてそれを?」
「だって有名な話じゃないですか。クラシックファンなら知らない人はいないでしょう」
「知らない人はいない?」
「そうです!」
「知らない人は…」

(あれれ、雲行きが怪しいぞ! そうだ! その謎のクラリネット奏者とやらは、俺の知り合いじゃないか! そうだ! その話だ!)

「ところで先生、その謎のクラリネット奏者ですが、実は俺の知り合いなんです。それでこの前、何時でも何処でも音楽椅子でその人を過去へ送り込み、リハーサルから参加して、それで本番でも…」
「で、そのあなたのお知り合いのクラリネット奏者とやらは、どこの国の人ですか?」
「もちろん日本人です。我が国有数のクラリネット奏者です(きりっ!)」

(どうだ! これで決定的だ!)

「ああ、そういえばこの間、その謎のクラリネット奏者が名乗り出られたそうですね。たしかオーストリア人で、現在はかなりのご高齢で、地元のオーケストラで時々演奏されておられるようですよ」
「ちがうちがう! そいつは偽物! 俺は絶対に絶対に、俺の知り合いのクラリネット奏者を…」
「ところで、そのクラリネット奏者は、何という名前の方ですかな?」
「名前? 名前はええと、ええと…、(あれれ、思い出せないぞ!)名前はええと…、忘れました!」
「名前を思い出せない? 親しい知り合いなんでしょう? だったらおかしいじゃありませんか」
「はぁ~」
「やっぱりそれはあなたの幻覚か妄想、あるいは作話なのではないですか?」
「作話? 作話って、俺の作り話?」
「おそらくそうです。それと実は、夢遊病は睡眠時遊行症ともいうのですが、通常はその間の記憶がないのです。だけどあなたは、過去の名演の現場に行ったとか、実在しない『知り合いのクラリネット奏者』とやらを現場に送り込んだとか、ともあれ遊行時の記憶がある。だから通常の夢遊病、あるいは睡眠時遊行症とも言い難い。もちろん何らかの睡眠障害であることは間違いありませんし、しかも全く荒唐無稽なことを言っておられる訳だ」
「はぁ~」
「ともあれ、一度入院して詳しく検査してみましょう」





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