金庫が…開かん!

文字数 2,000文字

 ある大手銀行の、とある支店にて、大変な問題が発生していた。
 その銀行の金庫は、鍵、番号、指紋認証、顔認証を採用していたのであるが、まず、謎のウイルスの感染によるものらしい一過性の認知症により、担当者は金庫の鍵の保管場所を忘れてしまい、別の担当者は番号を忘れてしまっていた。
 ちなみに、何故にこの二人がその厄介なウイルスに感染したかも不明だし、他の銀行員はどうだったのかも不明だが、ともあれ、金庫の鍵の在処も、番号も分からなくなっていたのだ。
 そして指紋認証なのだが、認証する指の持ち主である、とある担当者がその前日の日曜日、ラジコン飛行機に興じ、エンジン調整中、高速回転するプロペラに認証する指をちょろっと当ててしまい、しかもそれはご丁寧に認証する右手の人差し指で、で、プシュプシュッっと指を切り、肝心の指紋が上中下にスライスされ、よって機械に指を当てても機械はピィピィ言って、認証してくれなかった。
 そして顔認証なのだが、実はこれは支店長自らが顔認証するのだが、件の支店長は前日の日曜日、趣味の山菜取りに興じ、悪友に勧められたキノコを採って帰り、その夜、奥さんが煮つけにしたのだが、それが豪快に毒キノコで、それもご丁寧にワライタケで、毒はそれほど強くなくて命に別状はなかったものの、たまたまその症状は豪快な笑い顔に変形するというもので、そして顔認証に際し、変形した顔を機械が認証してくれず、これまた機械はピィピィいうだけだった。
 ともあれ銀行の金庫が開かないのである!
 鍵も番号も指も顔も、あんなだから。
 はっきり言って、金庫からお金が出せない。

「おい、銀行が金を返してくれないぞ」
「何だって? この銀行、破綻したのか?」
「何ですって、それじゃ預金全部おろすざます」
「そうだ。預金を全部おろすぞ!」
「いやいや、預金はおろせないよ」
「何ですって?」
「だから取り付け騒ぎだっちゅうの!」
「え~、それは大変ざます!」
「いやいや、銀行が金を返さんことなど、滅多にあんめ」
「何を悠長なことを言ってるざますか。お金を返してくれないざますよ」
「大変だ大変だ大変だぁ~~。この銀行破綻したぞ!」
「銀行が破綻した? それは大変だ!」
「お~い、俺の金返せ!」
「ぼくの金返してよ。2ペンス!」

 ともあれそういうことになって、銀行は大騒ぎになって、で、銀行前は黒山の人だかり。挙句、警察まで出動!
 その夜…

「支店長、どうします? 豪快に取り付け騒ぎになっていますが」
「そんなことはわかっておる。このままじゃわしもただでは済まん」
「だからぁ、支店長がドクキノコなんか食べちゃうからだんべぇ」
「いやいや、わしが悪いのではない。あのろくでもないキノコをわしに勧めた、あの悪友が悪いのじゃ」
「そいばってん、食べたとは支店長たいね」
「ともあれ責任の所在はさておいて、で、え~、これからどうします?」
「そうですよ。このまま金庫が開かないんじゃ、取引は全部ぽしゃるし、下手すると我が銀行はお取り潰しだんべぇ」
「そんなことになってたまるものか。ええい、わしの目の黒いうちはそのようなことはさせんわい!」
「でも支店長、笑いながらそう言われても全然迫力がありません」
「笑っておるのはわしの責任ではなぁ~い」
「そいばってん、食べたとは支店長たいね」
「ええい、同じことを何度でも言うでない。そもそも、わしの顔は笑ってはおるが、わしは泣きたいのじゃ!」
「ですよね。金庫が開かないんじゃ、笑えませんわ。せやからこの銀行、おしまいなんとちゃいます?」
「ええい、そのような絶望的なことをあっけらかんと言うでない」
「で、どないします? 何か方法ありまへんか?」
「あ、支店長の顔が少し戻って来たぞ」
「そうだ。豪快に変形した笑い顔から…」
「そうだそうだ。笑い顔が照れ笑いにまで回復しているぞ!」

 それから支店長は照れ笑いの顔を金庫の機械に向けたが、残念ながら機械は認証してくれなかった。ピィピィいうだけなのだ。しかも指紋認証の奴の指紋は上中下になっているし、回復までかなりかかるだろうし。そもそも金庫の番号は担当者の一過性認知症で豪快に忘れられているし、鍵の在処だって…
 ともあれ八方塞がりなのだ。
 番号、鍵、指、顔。これらが全部揃わないと金庫は開かない。
 それで支店長は、豪快に変形した笑い顔から、普通の照れ笑いにまで回復した、しかして未だ認証してもらえない顔を金庫に向け、いろいろ思案した。
(金庫が開かなければ、わしはもうおしまいだ…)
 絶望の中、支店長は思案したのだ。
(ともあれ、何か名案はないものか…)
 といっても番号、鍵、指、顔が全滅だし、これはもうオカルト的なプロセスしか、金庫を開ける手段はないんじゃなかろうか。
 それでそのとき、藁をもすがる思いで、金庫を開けたい一心で、支店長は照れ笑いの顔を金庫に向け、そしてこうつぶやいた。
「開けぇ、ゴマ」
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