ティラノザウルスは復活したけれど…(YouTube配信中)

文字数 2,233文字

 最新の科学技術の粋を結集した、とある南海の孤島にある白亜研究所の一室で、今ここに歴史的な生物が誕生を迎えようとしていた。
 しかしどのようなプロセスをもってその生物の誕生に至ったかという点については白亜研究所の企業秘密であり、しかも同研究所によって「鉄のカーテン」が引かれていたという事情もあり、ガチョウの卵を利用したという一点を除き、詳細は謎であった。
 しかし詳しい話はさておき、今ここに、今から6850万年前から6550万年前にかけて、北アメリカ大陸で生息していた最強の肉食恐竜である、あの、ティラノザウルスが、復活しようとしていたのである。
 そしてスタッフ一同は、固唾を呑んでその大きな卵を見守った。

「ぴよぴよ」
「ありゃりゃ、こりゃひよこばい」
「じゃっど。こらひよこやっど。じゃっどん、じょじょんふてひよこやな」
「んだべ。30センチはあるだんべぇ」
「こげなふとかひよこ、食うてみたかたかばい」
「確か羽田の土産物屋にあったんでねえがぁ? はがだ銘菓の?」
「いやいや、ばってんこれはひよこじゃなかばい。ティラノザウルスのヒナたい」
「だけどでがいのは、おめぇ~がガチョウの卵を使ったのが悪かったんだんべぇ?」
「何ば言いよるか。ティラノザウルスはもっとふとかばい!」
「そいでん、恐竜は鳥類に進化したち言うかい、ティラノザウルスの子供も、ひよこんごつ、見ゆっちゃわぁ」
「やっぱりこれはティラノザウルスのヒナたい」
「まあ育ててみりゃ、だんだん恐竜らしくなるだんべぇ」
「んだんだ」

 実は、卵は全部で20個あり、次々とティラノザウルスの「ヒナ」は誕生し、順調に育っていった。それはたしかに「ティラノザウルス」に間違いなさそうだった。 たちまち象さんよりも大きくなったし、凄く獰猛だし、物凄い食欲だったのだ。食事では牛なんか丸ごとぺろり。そういうのが20羽!
 しかし、いつまでたっても、彼らの姿は鶏そのものだった。
 真っ赤なトサカに羽毛。そして極めつけは、その羽毛の色ときたらピンク!
 しかもその鳴き声はやはり「コケコッコー」だったのだ。
 だからもう、ティラノザウルスのイメージとはかけ離れている! 
 しかし本当にそうなのか?

 ティラノザウルスの姿って、誰も見たわけではない。
 あの姿は人間が(期待を込めて)勝手に捏造したものではないのか?
 だってこれまでは化石、つまり骨しか分からなかったんだぞ!
 だからあの褐色の、うろこうろこした肌。
 あれだって人間が勝手に捏造したものだ。
 本当は「鶏そのもの」だったのに、人間が勝手にゴジラみたいな姿を空想していたに過ぎないのではないのか? 
 本当はピンク色の羽毛で覆われ、真っ赤なトサカがあったというのに!

 実はこの計画には、ある巨大企業がスポンサーについており、その企業は世界中にテーマパークを作っていた。
 だからそのへんはぬかりなく、すでにパークのプロモーションビデオが世界中で放映され、ありとあらゆるメディアで盛大に広告が行われていたのである。
 あの、うろこうろこした、ゴジラみたいなティラノザウルスの姿で…
 ガオ~!

「冗談じゃありまへん。こないな姿じゃ、観光客は呼べまへん!」
 会議室で、スポンサーの巨大企業の顧問弁護士は吠えた。
「そいばってん、これが本当のティラノザウルスの姿ですたい!」
「私どもとしましては、本当やろが嘘やろが、そないなことは、どないでもよろしおますねん。世界中の人は、ゴジラみたいなんが本当のティラノザウルスや思てますんやさかい、本当は鶏の姿です言われても困ります。ピンクの羽毛やら、冗談じゃありまへん。なにがコケコッコ~ですか。これじゃパークは、即刻中止ですわ。それからこうなった以上当方としては損害賠償の手続きを取らせてもらいまっせぇ!」
「いやいや、それだけは勘弁してけろ…」

 しかし「収益が見込めない」というスポンサーの判断の元、そのスポンサーからの資金は途絶え、白亜研究所の経営は危機に瀕した。
 餌代だって膨大なものだ。
 奴らは1羽で1日牛15頭食う。
 それが20羽! 
 だけど餌係のスタッフらは、多少は良いことを考えた。

「奴らどうせ鶏たい。牛やら食わせる必要なかろうもん!」
「じゃっど。鶏の餌やっど。配合飼料やな!」

 そういう経緯で、餌代は大幅に節約されることにはなった。しかしそんなことは本質的に焼け石に水だった。
 パーク開業の目処は無く、スポンサー企業からの資金が途絶えた上に訴訟まで起こされたのだ。
 そうしてとうとう研究所の経営は行き詰った。
 しかも電力会社は豪快に電気を止めた。
 しかしそうするとフェンスの高圧電流も止まり、ティラノザウルスらは自由の身になった。
 といってもそこは南海の孤島だ。
 遠くへ行ける訳ではない。彼らは島のそこいらじゅうを、我が物顔でのさばりだしただけだ。
 ときどき配合飼料をついばみに帰って来たが、それがなくなると、島に生息する毒蛇なんかをミミズのように食べて自給自足をはじめたのだ。
 奴らはあちこちで時の声をあげ、歩き回り、交尾し、繁殖し…、そしていつしか島中がティラノザウルスだらけになった。

「まこち地鶏やな」
 その様子を見たある社員は、こうつぶやいた。
 と、そのとき、研究所の所長の脳裏には、なにやら閃くものがあった。
 ともあれ、名案が浮かんだのだ!
 起死回生の…
 
 やがて巨大な食肉工場が建設され、研究所は、その名を変えた。
 その名とは、「ロストチキン」
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