アタゴの動く家 其の1

文字数 3,360文字

 本作品は全3話構成です。念のため。以下、作品♪


 これまで散々話してきたが、おれは愛宕胃腸科というしょぼい医院を開業する傍ら、その地下に研究室を作り、数十年来タイムマシン関係の研究もやってきた。

 かくしてタイム人力車、タイム蒸気自動車、タイムキャンピングカーと製作してきたのだ。
 これらは何れも「タイムマシン機能」と「何処でも機能」を有した優れものである。

 ところで考えてみると、タイムマシンと何処でも機能は、同時に備わっていることが望ましいのである。

 考えてみるがいい。
 例えば「据付型タイムマシン」があったとして、それを家に据付けていたとして、それで100年後の未来へ行ったとき、既に家は取り壊され、マンションになっていたらどうなる?
 おれには想像も出来ん悪夢だ。

 ところでタイムマシンとはタイムトラベルを行う、つまり時を旅する機械だ。
 その一方「何処でも機能」とは、つまり空間移動、というか空間を旅する機械だ。

 ところでアインシュタインの特殊相対性理論によると「時間」と「空間」は全く等価なものなのだ。

 で、空間はもちろん3次元空間で、その中の一点は数学的には(X、Y、Z)の三つの座標として表現されるが、これに時間軸を加えると(X、Y、Z、t)となる。

 ところで「何故に時間のtだけ小文字で表現するのだ?」と、おれに抗議を寄せてられても仕方がない。これは物理学上の慣例なのである。

 ついでに言うと、時間軸は本当は(ict)と表現する。
 だから四次元空間的座標は(X、Y、Z、ict)となる。
 ちなみに、iとは複素数における虚数単位で、cは光速度である。

 もっと詳しく知りたい人はアインシュタイン君に訊くとよい。

 しかしまあ、数学的なややこしい話はこの際どうでもよい。
 ともあれ「タイムマシン」と「何処でも機能」は大変親和性があるということである。


 それで表題の「アタゴの動く家」の話だ。
 要するにおれの愛宕胃腸科医院の地下にぎりぎり収納できるサイズで、コテージ風のログハウスを作り、これにタイム機能と何処でも機能を搭載したのだ。

 で、これは理屈から言えば「タイムコテージ」というべきであるが、この手の名称も十分マンネリ化したし、しかもコテージとはいえ立派な「家」なのだから、名称は「アタゴの動く家」としたのだ。

 この語感にデジャブを感じる方もおられようが、まあそういうことはどうでも良い。
 ともあれイメージは例のあの「動くお城」だな。

 とにかくこの家は「いつでも」「何処でも」に瞬間移動できる。
 だけどそれだけではない。
 この動く家はゲリラ的にいつかの何処かへ、忽然と出現する訳ではない。

 そんなことをしようものなら、はた迷惑なことこの上ない。
 考えてもみて欲しい。
 いきなり、いつぞやの何処ぞの誰かさんの家の庭先などへ出現しようものなら…


 実はおれは愛宕胃腸科開院に際し、土地購入、登記、住宅建築許可申請、住民登録、納税の手続き等々、ありとあらゆるややこしいことを、知り合いの税理士とか司法書士とか弁護士とか役所の係りの人とかに教えてもらい、大抵は自分でやった。

 それでこういう法的ないろんな事務作業を、動く家が移動する前に自動的に完了出来るべく、「自動根回し機能」なるものを、そういうおれの知識を元に開発し、搭載した。
 これは最新のAI機能によるものである。

 つまり移動先での法的手続き一切合切は、この「自動根回し機能」がやってくれていて、だから移動すると、この動く家はそこで「合法的に」はたまた「当たり前」の如く存在できるのである。
 これは本当に物凄い機能で、世界中で多分おれにしか出来ないような優れものの機能であろう。

 具体的に言うと、とある場所へ移動する。
 ドアを開け外に出るや、隣や近所の人々は「やぁ」とか「こんにちは」とか「今日はいい天気ですね」とか、当たり前のように挨拶してくれるのだ。
 まるでおれが、ずっと以前からここに住んでいるかのごとく…

 つまり「根回し」は法的のみならず、近隣の人々の記憶まで書き換えるのである。
 どうやって記憶まで? それは企業秘密!

 ちなみにその場所が気に入らないか、居心地が悪くなるか(おれは結構な変人の部類だし)、はたまた戦争でもおっ始まりそうになったら速攻で撤退する。

 で、撤退後はその「自動根回し機能」により、おれがここに「入居」したという事実は豪快に削除されるのだ。人々の記憶さえも…



 そんなこんなで、おれは住みたかった場所へ移動する訳だが、おれは手始めにフィンランドのヘルシンキへ移動した。
「動く家」が移動したのはヘルシンキ大聖堂に程近い場所だった。

 ヘルシンキ大聖堂は白壁に青い屋根の、シンプルだが美しい建物だ。
 そしてここを訪れるのは、おれの日課になった。
 それとバルト海沿いの市場を散策とか。
 ちなみに、街中にムーミンがあふれていた。
 お気に入りになり、しばらくそこに住んだ。

 それからオーストリアのハルシュタットへ移動した。
 あえて少し古い時代にした。

 空気がきれいだ。
 湖畔の街並みが美しい。
 毎日湖を見るだけで幸せになれた。

 次はギリシャのカントリーニ島。
 白壁に青屋根に統一された建築物がコバルトブルーの地中海に面して立ち並ぶ。
 見ていて飽きなかった。 

 それから中世のヴェネツィア。
 水上に並ぶ街が美しい。
 そのころはヴェネツィア共和国の首都であり、国としても地中海では大きな存在だった。
 独特の景観の美しさから「アドリア海の女王」と呼ばれた。

 とまあ数え上げればきりがない。
 ともあれそういう感じで、おれは世界中に住んで、どこも素敵な場所だったが、だけどおれはどうしても一度住んでみたい場所があった。


 ところで「自動根回し機能」だが、実は「事前調査」もやってくれるのだ。
 だって住居不可能な場所へ「何処でも」されても早速都合が悪いではないか!

 だからおれが時間場所を入力し、システムのモニターに表示された「事前調査」をクリックすると、まずは事前調査してくれ、時間も場所も調整してくれ、「住居可能」と出たら「移動」をクリックする。

 とまあそういう段取りでいろんな所に住んだのだが、ある日、おれがどうしても一度住んでみたいという、まさにその場所を入力してみた。

 それは火星だ!
 
 すると事前調査機能が作動を始めたが、大変なようでこれが延々と続き、「調査中」との表示のまま、いつまでも終わらなかった。

 それでその日はそのままにして、それから数日間ほったらかしにしていて、ある日モニターを見たら、何と「住居可能」と表示されていた。

 それで「詳細表示」というのをクリックして見て見ると、時間は今から20億年ほど前。
(スパコン並みのコンピューターでも事前調査に数日掛かる訳だ)

 で、その頃の火星には豊かな水があり、とても美しい惑星であったと記されていた。
 大気も十分にあり、もちろん呼吸も可能で、しかも驚いたことに高等な生物が住んでいたのだ。

 そしてその高等生物は、地球のどこぞの国の人々とは全く異なり、穏やかで平和を愛する「人々」だと記されていた。

 それからその火星上の場所は、現在地球では「マリネリス峡谷」と呼ばれている場所のほとりで、豊かな水をたたえた大河がとうとうと流れる様子を見下ろせる場所だった。
 火星にも昔はこんな美しい風景が…
 ここに住みたい!!

 それでおれはとても興味を持ち、速攻で「移動」をクリックした。
 それから自動で根回し機能が作動を始めたが、どうやら大変な作業のようで、これまた数日は掛かりそうだった。

 その数日間、おれの妄想は広がった。
 そこはどんな風景だろう?
 そこにはどんな「人々」が住んでいるのだろう?
 
 おれは期待に胸を膨らませた。
 そしてもしそこが気に入れば、おれは残りの人生を「火星人」として過ごすのもやぶさかではない。

 其の2へつづく

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