美声ウイルス 

文字数 3,237文字

 彼は長年ウイルスの研究をしていたのだけど、だからといって件の世間を騒がせた、あの凶悪なウイルスを研究していた訳では全く関係がないので念のため。
 で、彼は長年大学の研究室で研究をしていて、そこでまあ、全く反りの合わない、とある教授と豪快に喧嘩になって…、ええと、全く反りの合わない人ってたまにいるじゃないですか。で、喧嘩になった挙句、そのとある教授は自慢の権力を振りかざして彼を大学から追い出し、と同時に彼自身も頭にきて「もうやめたやめたやぁ~~~~めたぁ♫」と言ってばっさりと大学をやめ、そして早速自宅に豪快な実験室を作り、かくして自分で勝手にウイルスの研究を続けていたようだ。
 繰り返すが、だからといって件の世間を騒がせた、あのウイルスとは全く関係がないので重ねて念を押しておく。
 ともあれ彼は資産家だったらしいし、大学を追われたところで生活に困った訳でもなかったし、かくして、そういう事情で、そんな豪勢な実験室が作れたたみいだけど、まあ、そういう彼個人の経緯もまあ、この際どうでもいい。

 それで、ええと、彼は遂に画期的なウイルスの開発に成功した!
 といってもそのウイルスは人様の体調を破壊したり、ましてや命を脅かすようなものでは全ぇ~ん然なかったらしい。即ち、極悪なウイルスを大学にばら撒いて復讐を…、なんてことは、彼は一ミリも考えてはいなかったらしいのだ。金持ち喧嘩せずって言うし。
 で、大学で反りが合わないとか言ったけれど、実は彼は大学で声楽サークルに入っていて、で、その反りが合わない教授もそのサークルにいて、で、その教授に「おまはん、歌ががばい下手くそばい。けっけっけ(^^♪」と罵られたことに激高し、で、そういう経緯で音楽室で大暴れし、そこに置いてあった最高級のビンテージのコントラバスを鷲掴み、振り上げ、それをスタインウエイのグランドピアノの上に鉞のように振り下ろし、これを以てピアノとコントラバスの双方を破壊し始め、で、そういう塩梅でそこにいた皆の者に取り押さえられ、まあそういう経緯で大学を追われていたみたいだが、そういうこともどうでもいい。
 ちなみに、そのスタインウエイのグランドピアノとコントラバスは合計約四千万円程したそうだが、彼がぽんと弁償したそうな。繰り返すが金持ちは喧嘩せず。彼は常に冷静なのだ!
 ともあれ彼はその「歌ががばい下手くそ!云々」という、反りの合わない教授の言質を、極端に根に持っていたことだけは確かなようだ。
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 ともあれ、彼はウイルス開発に成功したのだ♫(それさっき言っただんべぇ)
 で、彼は嬉しさのあまり、都城の我らが霧島酒造の主力商品である黒霧島を生(き)で何合かむさぼり飲み、肴はネギと一緒に開発したてのウイルスを振り掛けた、特製のカツオのたたきだった。
 ところでこのウイルスに感染すると、極めて短い潜伏期(一時間ほど)で発症し、しかしてその症状は、「めちゃくちゃ歌が上手くなる」であるらしい。
 そもそもこのウイルス開発の発端は、件の「歌ががばい下手くそ」という暴言だったし、彼はそれを極端に根に持っていたし、で、その腹いせに、かようなウイルスを開発していたらしいのだが、よく分からん。
 ともあれ彼はその肴のカツオのたたきを用い意図的に感染し、潜伏期間が極めて短い(一時間くらい?)ものだったため、小一時間程でいきなり歌がめちゃめちゃ上手くなり、それから彼は一人、実験室でウイルス完成のお祝いのカラオケ大会を一人で盛大におっ始めたのであった。
 ところで、彼の自宅の実験室は最高のバイオセーフティーレベルを持っていた。(資産家だし)
 ところが彼は焼酎がぶ飲みして陽気に歌っていたため、バイオセーフティーの装置の電源ブレーカーのレバーにズボンの尻ポケットが引っかかったのにも気付かず、で、セーフティーの電源が落ちてしまった。
 だからそれ以後実験室は豪快にバイオデンジャラスになったのだ。
 ただし、実験室の室内の電源は落ちなくて(別電源)だから部屋の照明なんかは消えず、もちろんカラオケ装置も大音響を鳴らし続け、ただしバイオデンジャラスだから警報のブザーが地味にぶーぶー鳴ったが、カラオケの大音量で全くそれが聞こえず、しかも、それから酔っぱらった彼がよろよろと後ずさりした際、これまた尻で「警報解除」のボタンを押してしまったのだ。
 ともあれそういう経緯で、バイオデンジャラスだから件のウイルスは自由の身になった。
 ちなみに彼の実験室に存在したのは、開発されたばかりのこのウイルスのみで、それ以外に人類に悪さをするようなウイルスは一切存在しなかったので念のため。
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 翌日の昼頃起きた彼は、発作的に自慢の喉を披露したくなった。
「おれは歌が下手くそなんかでは、断じてなぁ~~~~い!」と主張するのが、ウイルス開発のそもそもの目的だったし。
 それで彼は、どこでどうやって歌を披露しようかと、街に出てライブハウスとかカラオケ喫茶とかを物色していると、彼は街に異変が起きているのに気付いた。
 街中至る所で、人々はギターを爪弾き、美声を発していたのである。(だから例のウイルスが自由に…)
 で、やがて「一億総歌手時代」となった(^^♪
 当たり前だが、ほぼ全員めちゃくちゃ歌が上手い訳で、そうすると「歌手」という概念自体が意味をなさなくなったし、のど自慢なんて全員鐘三つで、そういうことは分かりきっていたから、いつしか誰もそんな番組を観なくなり、合唱コンクールだって出場した全校が神がかり的に上手で豪快に甲乙付け難くなり、やがて「みんな唄上手いって分かり切っているしぃ、そんなんやっても全然意味あんめ」とか、人々が口々に言い出して、それに呼応して「んだんだんだべさ。やっぱり全然意味あんめ」とか言う者も出てきて、で、やがてそういう催しも殆ど開催されなくなった。
 ああそれから、人々は皆あまりに歌が上手く、だから日常会話は全てミュージカルとか宝塚風になり、はたまたオペラ風になり、もちろんニュースなんかも推して知るべしで、それは「音楽に満ち溢れた豊かな日常…」と言えなくもないが、まあはっきり言って、わしはそんなシュールな世界は気持ち悪いと思うけど。
 ともあれ我が国はそういうシュールで妙な状況になってしまったのだが、そんなことより何より、彼はその状況が全く気に入らなかった。
 だって歌が自慢出来ないじゃん。
 張り合いがない。
 ああつまらん…
 彼はそう考えたのだ。
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 それからしばらくして、彼はそのウイルス感染に対する特効薬の開発に成功した。
 これを一日三回服用すると一週間ほどで体からウイルスが排除され、しかして再び歌が下手…、っていうか、その人が天から授かったレベルの歌唱力に戻る。それで国民全員がこの薬を服用すれば、国民の平均的歌レベルがオリジナルに戻り、彼だけそのウイルスに感染しておけば、彼は未来永劫、いや、彼の寿命の限りではあるが「歌が上手い人(キリッ)」として君臨することが出来る。
 そういう訳で、彼は張り切って北陸本線の特急サンダーバードで富山へ赴き、途中、可愛い車掌さんの唄うような美声のアナウンスにほれぼれとして、で、それから、北陸富山の薬売りのとある製薬メーカーにその薬を売り込んだ。
 だけど製薬会社の担当者は見事なバリトンで、彼にこう歌ったのだ。
「♬歌ぁが下手になるなんてぇ~ 歌ぁが下手になるなんてぇ~ みぃんなぁみぃんなぁ喜びませんよぉ~ ♬だからだぁ~かぁ~らぁ~ そんなお薬ぃ~ 誰ぇも飲みぃません~よぉ~~~♬」
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