水たまりのある惑星
文字数 4,740文字
彼の乗った宇宙船は、ごくごく小さな惑星の
周回軌道に入った。
宇宙船の窓から観察すると本当に小さな惑星だったが、表面は水で覆われた部分が多く、これは「海」というべきだと、彼は思った。
それと一応惑星だから、残りは「陸」というべきだとも彼は考えた。一応惑星だし。
しかも惑星の大きさと比較すると、これは「大陸」と言うべきだ。
でも「海」とか「大陸」と言うより、「水溜り」と「地べた」という方がぴんとくる。
さて、彼は宇宙船の逆噴射を操り「地べた」の部分へ降りようとした。
地べたは大小いくつかあったが、どうせならと、その最大のものを狙った。
しかし彼は微妙に操作を誤った。
そのため、その最大の地べたを、この惑星にとって東の方向へと通り越し、よりによってその水で覆われた部分、しかも最大の水溜りの上空まで来てしまったのだ。
いやいや、水溜りではない。これは海だ。
むしろ「大洋」というべきだ。
まあいずれにしても、「着陸」ではなく「着水」となりそうなのだ。それも最大の、大洋に…
「まあいいだんべぇ」
だけど彼はこうつぶやいた。彼はそんなキャラの人だったのだ。まあいいけど。
さて、この最大の水溜り、じゃない、大洋に、ドボ~ンと勢いよく着水すると、そこが底なし沼だったりしたらいやなので、彼は逆噴射を微妙に操作し、極力ゆっくりとゆっくりと降りて行くことにした。
でも水深は意外と浅く、宇宙船が水没するような深さでは全くなく、脚の先端部分が少し浸かる程度だった。
それから彼は宇宙服を着て、宇宙船のハッチを開け、梯子を伝ってゆっくりと下りた。
そして宇宙服の靴を、そおっとそおっと水に浸けた。もちろん宇宙服だから浸入することはなく、断熱効果も十分なので、水が冷たくて彼が「あひっ!」っと、奇声をあげるようなこともなかった。
そしてやはり水深は意外と浅く、彼のくるぶしくらいまでだった。
「やっぱり水溜りだんべぇ」
彼はつぶやいた。
しかし前にも述べたように、ここはこの惑星最大の海、すなわち大洋である。そして彼の宇宙船が降りたのは、ご丁寧にもこの惑星の、大洋のど真ん中だ。
だけど端から端まで簡単に見渡せたし、その深さはくるぶしまでだし、だから海というよりは、やっぱり「水溜り」と言いたくなる。
だから彼の気持ちはよ~くわかる。
しかし公平に、冷静に考えるとやはり海、すなわち大洋である。
端から端まで見渡せると言ったって、その海の広さはこの小さな惑星の半周ほどにも及んだのだから、水溜りだなんて、この惑星に失礼だ!
だけどどう考えても水溜りは水溜りだ。
そうしか見えないんだもん!
ええい! もう水溜りじゃい!
さてさて、彼はこの水溜りを歩き始めた。
宇宙服の靴なので完全防水。
だから、長靴はいて水溜りを歩いてるって感じだった。
だけど彼は「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん♪」と歩いたわけではない。
極力波を立てないようにそおっとそおっと歩いたのだ。もしかしたらいるかもしれない、この惑星の生物のことを配慮しながら…
さて、水溜りには所々石ころのようなものが浮かんでいた。いや、浮かんでいるのではない。
落ちている、あるいは顔を出していると言うべきだ。というか、まがりなりにも海なのだから「たくさんの島々」と言うべき光景だ。
いや、もしここが海だったら、ではなく、本当にここは海だ。しかも大洋だ。
だから、石ころではなく、れっきとした「島」だ。まあそれもそれでよい。
彼はその島々を、踏まないようにと気を使いながらゆっくりと歩いたのだ。
何故そうしたか。
だって、もし本当に島だったら、もしそこにこの惑星の生物がいたら…彼にはそういう気配りが出来たのだ。
「踏んづけたらかわいそうだんべぇ」
彼はそうつぶやいた。
彼はとても優しい心を持っていたのだ。
さて、彼がしばらく歩くと、所々の水面に何らかの小さな物体が浮かんでいるのを見つけた。
島ではない。
それより遥かに小さい。
それで彼はかがみ込んで、これをつぶさに観察した。
するとこの物体は水面に白い筋を残しながら、ゆっくりと進んでいるのがわかった。
水面を流れているのではなく、明らかに自力で移動しているように思われたのだ。
だからこれは生物の可能性がある。
おそらく水澄ましのように水面で生息する、昆虫の仲間ではないのか。
彼はそう考えた。
またあるところでは、これよりかなり小さな、やはり紡錘形の物体が水面から少し離れた所を「飛んで」いるのを見つけた。
確かに飛んでいたのだ。
その証拠に彼がかがみこんでよく見ると、この物体には翼のような構造物が確認できたのだ。
やはり飛行する能力があるのではないか。
彼はそう考えた。
多分小さなトンボのような生物だろう。
とにかくこの小さな惑星には、水澄ましのような生物と、トンボのように飛べる生物が存在すると考えられたのだ。
そしてそれからも彼は、水溜りをゆっくりとゆっくりと歩いた。
いや、抜き足差し足というべきだ。この惑星の生物を踏み潰さないように。
くどいようだが、彼にはそういう気配りが出来たのだ。
さて、彼がしばらく歩くと、水溜りの端っこに到着した。
そしてそこから先は地べたになっていた。
と同時にそこから先はこの惑星の「夜」の部分だった。
だからそこへ踏み込むと暗くて何も見えない。
それで彼は、そこで引き返すことにした。
ところでその地べたの手前側の、水溜りと接した端っこ近くには、先ほどの石ころよりはずっと大きな平べったい、何と言うか、つまり地べたの切れ端みたいなものが、この惑星における北東から西南と思われる方角に並んでいた。
何故かそれに心ひかれた彼は、しゃがみこんでそれらをつぶさに観察した。
一番北にあるのはひし形。
それから細長く弓なりになったの。
弓なりのいちばん西の脇には小さいのが二つ。
と、突然、彼はその小さい地べたの切れ端の一つをべりべりとはがして、水切りをやりたい衝動にかられた。
その水溜りを見渡すと、水溜りの向こうに大きな地べたが見えたのだが、そこまでその地べたの端切れが飛ぶまでに、何回ぴょんぴょんと水面をバウンドするか? それは大変興味深いことだ。だから彼はやってみたかった。
どうしてかって? だって、あなただってそう思うでしょう? だけどなんとなくやめた。
それは彼の気まぐれに過ぎなかった。
それから彼はなんとなく立ち上がり、宇宙船に向かうことにしたが、その前にその地べたの切れ端をもう一度眺めると、中央の大きくて弓なりになった地べたの南側の水面に、渦巻きのようなものを発見した。
その渦巻きは、ぐるぐる反時計回りに回転しながら、地べたの切れ端の方へと進んでいた。
何だか面白そうなので、彼はまたしゃがみこんで、しばらくこれをつぶさに観察した。
水面には渦巻きの影響で白い波頭が立っていた。
その上につむじ風のようなものがあり、そこに白い霧が発生し、それが渦巻きになっているようだった。
彼は直感的に、この渦巻きはこの小さな惑星における、一種の「気象現象」ではなかろうかと考えた。
そして彼はしばらく興味深げにこれを観察したが、よく見ると先ほど彼が発見した水澄ましのような生物の一匹が、この渦巻きに巻き込まれ、中央へと流されているのを発見した。
彼は何となく、この水澄ましのような生物が困っているような気がした。彼の直感である。
「このままじゃかわいそうだんべぇ」
また彼はつぶやいた。
そして彼はどうしたものか考えた。
そっと手ですくい、渦巻きの外に出してやる手もあった。しかし安易に他の惑星の生物に触るのは危険なことである。未知の病原体がくっついているかも知れない。
でも彼は思案の末、すばらしいアイディアを考え付いた。
渦巻きを止めればいいのだ!
それなら簡単な話だ。
そこで彼は渦巻に拳を突っ込み、逆方向にぐるぐると回してみた。
すると渦巻きはだんだんと弱くなり、最後はすっかり止まってしまい、やがてそこにあった霧も晴れ、青い静かな水面になった。
「やった!」
それから彼は軽くガッツポーズをした。
彼はシャイだったので、誰も見ていないときのみ、こういうことをやるのだ。
それはそうと、それからその水澄ましのような生物は動き出し、悠々とその場を離れ、なぜか例の弓なりの地面の切れ端に向かって移動を始め、やがて弓の凸になった部分の中央にある、小さな切れ込みの中へと移動していった。
あの弓なりの地面の切れ端は、もしかすると水澄ましの巣なのかも知れない。
だからあの切れ込みはきっと巣の入り口だ。
彼はそう考えた。
そういえばほかの水澄ましも、その切れ込みに戻っていったり、また、そこから出てきたりしていた。
さらに羽を持ったトンボのような生物も、やはりその切れ込みに入っていったり出てきたりしていた。
やはりこの弓なりの地面の切れ端は、これらの生物にとって重要な場所なのであろう。
いや、はっきり言ってここは「巣」なのだろう。
そしてその切れ込みは巣の入り口なんだ。
彼はそういう結論に達した。
もしそうだとすれば、彼はその地面の切れ端をべりべりと引き剥がして、水切りをやったりしなくて良かったと思った。
そんなこと、可哀想じゃないか!
いずれにしても彼はこの惑星で渦巻きを止め、困っている水澄ましを一匹救った。
そして彼は何だか満足した気分になった。
「まあいいだんべぇ」
彼はそうつぶやいてから、また抜き足差し足しながら宇宙船へ戻り、そして次の惑星へ向けて出発した。
ここでBSニュースです。昨夜マリアナ諸島、小笠原諸島から日本近海の広い範囲を震源とする弱い地震が連続して発生しました。各地の震度は2から3程度で、マグニチュードはやはり3程度でした。これらの地震に伴い弱い津波が発生した模様ですが、大きな被害の報告はありません。
次に台風情報です。関東地方の南の海上を北上していた、大型で極めて勢力の強い台風十三号は突然勢力を弱め、消滅した模様です。
そしてこの台風の消滅と相前後して、付近の海域を航行した船舶や航空機からの情報で、巨大な積乱雲のような形の物体が、高速度でマリアナ諸島から日本列島に向けて移動していくのが観測されたということです。気象庁ではこの巨大な物体と、台風消滅との因果関係を調査中とのことです。
また、この台風の影響で航行不能となり、遭難しかかっていた大型フェリーは台風の消滅により自力で航行可能となり、現在東京湾の入り口付近を航行中で、程なく横浜港へ無事到着出来る見込みです。
このフェリーには修学旅行生ら多数の乗客が乗っており安否が気遣われていましたが、全員無事とのことです。
また、フェリーからの連絡では現場海域は穏やかで青空が広がっているとのことです。
それでは消滅した台風をとらえた気象衛星ひまわりの画像です。
人々はこの画像を見て愕然とした。
日本列島の五倍はあろうかという巨大な人間のような形をした物体が写っていたのである。
その物体はしゃがみこんで、消滅しかけた台風の脇でガッツポーズをしているように見えた。
周回軌道に入った。
宇宙船の窓から観察すると本当に小さな惑星だったが、表面は水で覆われた部分が多く、これは「海」というべきだと、彼は思った。
それと一応惑星だから、残りは「陸」というべきだとも彼は考えた。一応惑星だし。
しかも惑星の大きさと比較すると、これは「大陸」と言うべきだ。
でも「海」とか「大陸」と言うより、「水溜り」と「地べた」という方がぴんとくる。
さて、彼は宇宙船の逆噴射を操り「地べた」の部分へ降りようとした。
地べたは大小いくつかあったが、どうせならと、その最大のものを狙った。
しかし彼は微妙に操作を誤った。
そのため、その最大の地べたを、この惑星にとって東の方向へと通り越し、よりによってその水で覆われた部分、しかも最大の水溜りの上空まで来てしまったのだ。
いやいや、水溜りではない。これは海だ。
むしろ「大洋」というべきだ。
まあいずれにしても、「着陸」ではなく「着水」となりそうなのだ。それも最大の、大洋に…
「まあいいだんべぇ」
だけど彼はこうつぶやいた。彼はそんなキャラの人だったのだ。まあいいけど。
さて、この最大の水溜り、じゃない、大洋に、ドボ~ンと勢いよく着水すると、そこが底なし沼だったりしたらいやなので、彼は逆噴射を微妙に操作し、極力ゆっくりとゆっくりと降りて行くことにした。
でも水深は意外と浅く、宇宙船が水没するような深さでは全くなく、脚の先端部分が少し浸かる程度だった。
それから彼は宇宙服を着て、宇宙船のハッチを開け、梯子を伝ってゆっくりと下りた。
そして宇宙服の靴を、そおっとそおっと水に浸けた。もちろん宇宙服だから浸入することはなく、断熱効果も十分なので、水が冷たくて彼が「あひっ!」っと、奇声をあげるようなこともなかった。
そしてやはり水深は意外と浅く、彼のくるぶしくらいまでだった。
「やっぱり水溜りだんべぇ」
彼はつぶやいた。
しかし前にも述べたように、ここはこの惑星最大の海、すなわち大洋である。そして彼の宇宙船が降りたのは、ご丁寧にもこの惑星の、大洋のど真ん中だ。
だけど端から端まで簡単に見渡せたし、その深さはくるぶしまでだし、だから海というよりは、やっぱり「水溜り」と言いたくなる。
だから彼の気持ちはよ~くわかる。
しかし公平に、冷静に考えるとやはり海、すなわち大洋である。
端から端まで見渡せると言ったって、その海の広さはこの小さな惑星の半周ほどにも及んだのだから、水溜りだなんて、この惑星に失礼だ!
だけどどう考えても水溜りは水溜りだ。
そうしか見えないんだもん!
ええい! もう水溜りじゃい!
さてさて、彼はこの水溜りを歩き始めた。
宇宙服の靴なので完全防水。
だから、長靴はいて水溜りを歩いてるって感じだった。
だけど彼は「ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん♪」と歩いたわけではない。
極力波を立てないようにそおっとそおっと歩いたのだ。もしかしたらいるかもしれない、この惑星の生物のことを配慮しながら…
さて、水溜りには所々石ころのようなものが浮かんでいた。いや、浮かんでいるのではない。
落ちている、あるいは顔を出していると言うべきだ。というか、まがりなりにも海なのだから「たくさんの島々」と言うべき光景だ。
いや、もしここが海だったら、ではなく、本当にここは海だ。しかも大洋だ。
だから、石ころではなく、れっきとした「島」だ。まあそれもそれでよい。
彼はその島々を、踏まないようにと気を使いながらゆっくりと歩いたのだ。
何故そうしたか。
だって、もし本当に島だったら、もしそこにこの惑星の生物がいたら…彼にはそういう気配りが出来たのだ。
「踏んづけたらかわいそうだんべぇ」
彼はそうつぶやいた。
彼はとても優しい心を持っていたのだ。
さて、彼がしばらく歩くと、所々の水面に何らかの小さな物体が浮かんでいるのを見つけた。
島ではない。
それより遥かに小さい。
それで彼はかがみ込んで、これをつぶさに観察した。
するとこの物体は水面に白い筋を残しながら、ゆっくりと進んでいるのがわかった。
水面を流れているのではなく、明らかに自力で移動しているように思われたのだ。
だからこれは生物の可能性がある。
おそらく水澄ましのように水面で生息する、昆虫の仲間ではないのか。
彼はそう考えた。
またあるところでは、これよりかなり小さな、やはり紡錘形の物体が水面から少し離れた所を「飛んで」いるのを見つけた。
確かに飛んでいたのだ。
その証拠に彼がかがみこんでよく見ると、この物体には翼のような構造物が確認できたのだ。
やはり飛行する能力があるのではないか。
彼はそう考えた。
多分小さなトンボのような生物だろう。
とにかくこの小さな惑星には、水澄ましのような生物と、トンボのように飛べる生物が存在すると考えられたのだ。
そしてそれからも彼は、水溜りをゆっくりとゆっくりと歩いた。
いや、抜き足差し足というべきだ。この惑星の生物を踏み潰さないように。
くどいようだが、彼にはそういう気配りが出来たのだ。
さて、彼がしばらく歩くと、水溜りの端っこに到着した。
そしてそこから先は地べたになっていた。
と同時にそこから先はこの惑星の「夜」の部分だった。
だからそこへ踏み込むと暗くて何も見えない。
それで彼は、そこで引き返すことにした。
ところでその地べたの手前側の、水溜りと接した端っこ近くには、先ほどの石ころよりはずっと大きな平べったい、何と言うか、つまり地べたの切れ端みたいなものが、この惑星における北東から西南と思われる方角に並んでいた。
何故かそれに心ひかれた彼は、しゃがみこんでそれらをつぶさに観察した。
一番北にあるのはひし形。
それから細長く弓なりになったの。
弓なりのいちばん西の脇には小さいのが二つ。
と、突然、彼はその小さい地べたの切れ端の一つをべりべりとはがして、水切りをやりたい衝動にかられた。
その水溜りを見渡すと、水溜りの向こうに大きな地べたが見えたのだが、そこまでその地べたの端切れが飛ぶまでに、何回ぴょんぴょんと水面をバウンドするか? それは大変興味深いことだ。だから彼はやってみたかった。
どうしてかって? だって、あなただってそう思うでしょう? だけどなんとなくやめた。
それは彼の気まぐれに過ぎなかった。
それから彼はなんとなく立ち上がり、宇宙船に向かうことにしたが、その前にその地べたの切れ端をもう一度眺めると、中央の大きくて弓なりになった地べたの南側の水面に、渦巻きのようなものを発見した。
その渦巻きは、ぐるぐる反時計回りに回転しながら、地べたの切れ端の方へと進んでいた。
何だか面白そうなので、彼はまたしゃがみこんで、しばらくこれをつぶさに観察した。
水面には渦巻きの影響で白い波頭が立っていた。
その上につむじ風のようなものがあり、そこに白い霧が発生し、それが渦巻きになっているようだった。
彼は直感的に、この渦巻きはこの小さな惑星における、一種の「気象現象」ではなかろうかと考えた。
そして彼はしばらく興味深げにこれを観察したが、よく見ると先ほど彼が発見した水澄ましのような生物の一匹が、この渦巻きに巻き込まれ、中央へと流されているのを発見した。
彼は何となく、この水澄ましのような生物が困っているような気がした。彼の直感である。
「このままじゃかわいそうだんべぇ」
また彼はつぶやいた。
そして彼はどうしたものか考えた。
そっと手ですくい、渦巻きの外に出してやる手もあった。しかし安易に他の惑星の生物に触るのは危険なことである。未知の病原体がくっついているかも知れない。
でも彼は思案の末、すばらしいアイディアを考え付いた。
渦巻きを止めればいいのだ!
それなら簡単な話だ。
そこで彼は渦巻に拳を突っ込み、逆方向にぐるぐると回してみた。
すると渦巻きはだんだんと弱くなり、最後はすっかり止まってしまい、やがてそこにあった霧も晴れ、青い静かな水面になった。
「やった!」
それから彼は軽くガッツポーズをした。
彼はシャイだったので、誰も見ていないときのみ、こういうことをやるのだ。
それはそうと、それからその水澄ましのような生物は動き出し、悠々とその場を離れ、なぜか例の弓なりの地面の切れ端に向かって移動を始め、やがて弓の凸になった部分の中央にある、小さな切れ込みの中へと移動していった。
あの弓なりの地面の切れ端は、もしかすると水澄ましの巣なのかも知れない。
だからあの切れ込みはきっと巣の入り口だ。
彼はそう考えた。
そういえばほかの水澄ましも、その切れ込みに戻っていったり、また、そこから出てきたりしていた。
さらに羽を持ったトンボのような生物も、やはりその切れ込みに入っていったり出てきたりしていた。
やはりこの弓なりの地面の切れ端は、これらの生物にとって重要な場所なのであろう。
いや、はっきり言ってここは「巣」なのだろう。
そしてその切れ込みは巣の入り口なんだ。
彼はそういう結論に達した。
もしそうだとすれば、彼はその地面の切れ端をべりべりと引き剥がして、水切りをやったりしなくて良かったと思った。
そんなこと、可哀想じゃないか!
いずれにしても彼はこの惑星で渦巻きを止め、困っている水澄ましを一匹救った。
そして彼は何だか満足した気分になった。
「まあいいだんべぇ」
彼はそうつぶやいてから、また抜き足差し足しながら宇宙船へ戻り、そして次の惑星へ向けて出発した。
ここでBSニュースです。昨夜マリアナ諸島、小笠原諸島から日本近海の広い範囲を震源とする弱い地震が連続して発生しました。各地の震度は2から3程度で、マグニチュードはやはり3程度でした。これらの地震に伴い弱い津波が発生した模様ですが、大きな被害の報告はありません。
次に台風情報です。関東地方の南の海上を北上していた、大型で極めて勢力の強い台風十三号は突然勢力を弱め、消滅した模様です。
そしてこの台風の消滅と相前後して、付近の海域を航行した船舶や航空機からの情報で、巨大な積乱雲のような形の物体が、高速度でマリアナ諸島から日本列島に向けて移動していくのが観測されたということです。気象庁ではこの巨大な物体と、台風消滅との因果関係を調査中とのことです。
また、この台風の影響で航行不能となり、遭難しかかっていた大型フェリーは台風の消滅により自力で航行可能となり、現在東京湾の入り口付近を航行中で、程なく横浜港へ無事到着出来る見込みです。
このフェリーには修学旅行生ら多数の乗客が乗っており安否が気遣われていましたが、全員無事とのことです。
また、フェリーからの連絡では現場海域は穏やかで青空が広がっているとのことです。
それでは消滅した台風をとらえた気象衛星ひまわりの画像です。
人々はこの画像を見て愕然とした。
日本列島の五倍はあろうかという巨大な人間のような形をした物体が写っていたのである。
その物体はしゃがみこんで、消滅しかけた台風の脇でガッツポーズをしているように見えた。