アタゴの動く家 其の2
文字数 3,955文字
本作品は全3話構成です。これは其の2です。念のため。以下、作品♪
そういうわけでおれは火星に住み始めた。
(まだ残りの人生を全てここで過ごすと決めたわけではない)
で、アタゴの動く家が火星の、件のマリネリス峡谷に程近いその地にたどり着いたのは、火星の現地時間で夜の十時頃、そして季節は夏だった。
もちろんこれは、動く家の制御装置で表示されていたものだ。
ちなみに現代の火星の自転周期は24時間と37分で、地球のそれにとても近い。
そして実は、どの惑星の自転周期も、少しずつ長くなっている。
それは他の天体の潮汐力なんかが絡んでいるのだ。
そしてこの遅くなる率は地球の場合は顕著だ。
それは巨大な月の潮汐力があるからだ。
実は地球の自転周期は最初の頃は数時間で、六億年前でも22時間だったらしい。
とにかく月という巨大な「お伴」のせいで、地球の一日はどんどん長くなっているのだ。
地球の月は、衛星としては考えられないほどでかい。
直径が三千キロ余り。地球の四分の一。
衛星というよりは「二重惑星」に近い。
で、月の起源については勝手にググるなどして欲しい。ともあれ、火星大の惑星が地球に衝突したのが原因らしいけれど。
その一方、火星の衛星だけど、フォボスとダイモスというのがあるが、大きさはそれぞれ20キロ余り及び10キロあまりという、月に比べれば驚くべき小ささだ。
で、これほど小さいと、火星に対する潮汐力は極めて小さい。
そういう訳で火星の自転周期は、地球のそれほどドラスティックには変化しない。
ともあれアタゴの動く家が着いた20億年前の火星の一日は、ほぼ24時間だったのだ。
だから地球から持っていったアンティークの柱時計は、その誤差も考えると、そこでも十分に実用になった。
毎日太陽が南中したときに、昼の12時に合わせることにしたのだが、実際にやってみると、一日で数分の狂いしかなかった。
もちろんおれの腹時計も十分に実用になった。
ともあれおれは火星に着いてから少しして寝て、朝起きたらしっかり火星の朝になっていた。
それで地球から持ってきた朝飯を食べ、そして家を出てマリネリス峡谷の雄大な風景を楽しみながらの散歩としゃれこんだ。
で、動く家の制御装置では「夏」と表示されていたが、朝は結構寒かった。気温は5度くらいだっただろうか。
それは予め分かっていた事なので、おれは冬用のコートを着ていた。
そして程なく、最初の火星人に出会った。
そしてその火星人はにこやかにおれに話しかけた。
「Guten Morgen!」
おれはぶったまげて腰が抜けそうになった。
(かかかか…、火星人がどどどど…、ドイツ語???)
だけどおれは気を取り直し、答え、そして会話は続いた。
「Guten Morgen. Wie geht es Ihnen?」
「Es geht mir sehr gut…」
しかもその火星人は、どういう訳かゲルマン民族の風貌をしていたのだ!
そしてその火星人もおれ同様暖かそうな服を着て、吐く息は白くなっていた。
火星は地球よりも太陽から遠く、だから地球よりは随分と寒い。だけど真夏の赤道近くの朝なので、気温は5度くらいなんだ。昼だったら10度や20度にもなる。
まあ北欧にいると思えばだいたいいい。
で、気温のことはさていいて、火星人はゲルマン人風だ。
でもどうして20億年前の火星に、ゲルマン人がいるのだろう?
不思議だ不思議だ不思議だ!!
ともあれそういう具合で、おれの火星での生活が始まった。
それからたくさんの火星人と出会ったが、みな気さくでいい人たちだった。
実は彼らは、マリネリス峡谷の周辺で主に農業をやっているらしかった。
定住農耕民族というやつだ。
もちろんそこは緑豊かな土地だ。農地が広がり、方々にマリネリス峡谷に注ぐ清流の小川があり、だから豊かな水もあったのだ。夏だけど遠くの山々の山頂には雪が積もっている。
実はアタゴの動く家には「自動根回し機能」が付いていることは前の話で書いた。
だからその機能のおかげで、ここでおれは、「いくばくかの農地を所有する農民」ということになっていた。
そこで農業を営みながらのんびりと暮らす、という設定になっているらしかった。
もちろんおれはその「設定」に従った。
そういう訳で、しばらくのんびりと「農耕民族」としてそこで暮らし、いつしか親しい友人も出来、そんある日、その友人の一人がおれの家へ来て、この土地のワインを飲みながら晩くまで語り合った。
そして酒の勢いもあり、おれは気まぐれに、おれが20億年後の未来の地球からやってきた話をした。
タイムマシンのことも、アタゴの動く家のことも、全ぇ~ん部!
そしたらその火星人は、極めてまじめにその話を聞いてくれ、もちろんその話を信じてくれ、それから真剣な顔で、火星の未来のことを教えてほしいと言い出した。
そういうまじめなキャラクターは確かにドイツ人そっくりだ。
それはいいけれど。
で、そのドイツ人風の火星人が言うには、火星はこれから徐々に乾燥し、いつしか大気も失われ、やがて荒涼とした死の惑星になってしまうだろうという研究者が多くいて、火星人の多くは、そのことをとても心配しているのだという。
おれは彼らが高い文明を持っているということに感心した。火星の未来のことを正確に予測していたからだ。
そして実際、火星の乾燥化、砂漠化、そして大気の減少はどんどん進んでいるらしい。
確かにおれたちがいるマリネリス峡谷の周囲の一帯は、豊かな緑をたたえているが、それ以外の土地ではどんどん砂漠化が進んでいるそうだ。
だから遅かれ早かれ、この土地も砂漠化するだろうと言われているらしい。
それでおれは、おれの知っている火星の未来について、その火星人に話した。
やがて豊かな水と緑は失われ、赤茶けた、荒涼とした死の惑星になってしまうということを…
そしたらその火星人は、出来ることなら地球に移住したいと言い出した。
それから数日後、またその火星人がおれの家にやってきて、こんな話をした。
地球への移住を希望する者は結構いて、できる事ならアタゴの動く家で地球へ連れて行って欲しいと言うのだ。
もちろん火星に留まり、残りの「火星人生」を過ごすと決めている火星人も多くいるらしいが。
ともあれ彼らは、そのことを真剣に話し合ったらしい。
火星に残るのか、地球へ移住するのか…
そして地球に移住すると決めたのは、若い世代や子供を中心に100人ほどだった。
もちろんアタゴの動く家で一気に100人の移動は無理だか、この家のキャパシティーなら10人ほど、つまり2~3家族とその必要最低限の荷物くらいなら十分に運べる。
だから10回程度に分けて、アタゴの動く家で彼らをピストン輸送すれば、希望者を全員地球に送り込むことは出来そうだ。
それからしばらくして、いよいよ地球へ移住するという日が近づいた。
その間、移住を決めた火星人たちは、移住の準備に余念がなかったようだ。
それでおれも彼らの移住の準備のため、アタゴの動く家のコントロールパネルに行き先「地球」と入力し、人数とか彼らのキャラクターとかも入力して、機械に「事前調査」をさせた。
その調査はやはり数日を要した。
火星から地球へ、そして地球の何時の何処へ? それには膨大な情報が必要だったのだろう。
それで機械が指定したのは、地球の紀元前2000年頃の北ドイツで、ユトランド半島の付け根に近い場所だった。
そしていよいよ移住実行の日。
彼らを10組に分け、アタゴの動く家で、その紀元前2000年の北ドイツのその場所へと、順に送り届けた。
もちろんおれも同行したが、そこの気候は火星のこの地のそれに近く、そして水と緑の豊かな場所だった。
そして最後のグループを送り届け、それからおれは彼らに別れを告げた。
すると彼らの代表者が言った。(日本語に翻訳)
「本当にありがとうございました。この土地はわれわれが住んでいた火星のあの土地とそっくりです。水も、豊かな緑もあります。気候も私たちはちょうどいい。私たちはここを開拓して、ここを第二の故郷にしたいと思います」
そうやって彼らを送り届けた後、おれは一旦愛宕胃腸科の地下の実験室にもどった。
胃腸科の仕事もしないといけないし。
それから一日の仕事が終え、ソファーに座り、彼らからもらったワインを飲みながら、おれはゆっくりと考えた。
それにしても彼らは、どういう訳かドイツ語を話していた。
どうして火星人がドイツ語? そして彼らはゲルマン民族の風貌。
どうしてだろう?
20億年前の火星にどうしてゲルマン人が?
それからおれはゲルマン民族についてPCでいろいろ調べた。
そして判明したこと。
ゲルマン民族
現在のドイツ北部・デンマーク・スカンディナヴィア南部地帯に居住していた。
初期には定着農業と牧畜を営んでいた
原住地
紀元前2000年頃の北ドイツ、ユトランド半島、スカンジナビア半島の中南部
ぴったしじゃないか!
つまりおれがアタゴの動く家で、20億年前の火星から地球に送り込んだ彼らこそが、まさにゲルマン民族のルーツだったのである。
場所も時もぴったりだ!
大移動が好きな訳だ。
其の3へつづく
そういうわけでおれは火星に住み始めた。
(まだ残りの人生を全てここで過ごすと決めたわけではない)
で、アタゴの動く家が火星の、件のマリネリス峡谷に程近いその地にたどり着いたのは、火星の現地時間で夜の十時頃、そして季節は夏だった。
もちろんこれは、動く家の制御装置で表示されていたものだ。
ちなみに現代の火星の自転周期は24時間と37分で、地球のそれにとても近い。
そして実は、どの惑星の自転周期も、少しずつ長くなっている。
それは他の天体の潮汐力なんかが絡んでいるのだ。
そしてこの遅くなる率は地球の場合は顕著だ。
それは巨大な月の潮汐力があるからだ。
実は地球の自転周期は最初の頃は数時間で、六億年前でも22時間だったらしい。
とにかく月という巨大な「お伴」のせいで、地球の一日はどんどん長くなっているのだ。
地球の月は、衛星としては考えられないほどでかい。
直径が三千キロ余り。地球の四分の一。
衛星というよりは「二重惑星」に近い。
で、月の起源については勝手にググるなどして欲しい。ともあれ、火星大の惑星が地球に衝突したのが原因らしいけれど。
その一方、火星の衛星だけど、フォボスとダイモスというのがあるが、大きさはそれぞれ20キロ余り及び10キロあまりという、月に比べれば驚くべき小ささだ。
で、これほど小さいと、火星に対する潮汐力は極めて小さい。
そういう訳で火星の自転周期は、地球のそれほどドラスティックには変化しない。
ともあれアタゴの動く家が着いた20億年前の火星の一日は、ほぼ24時間だったのだ。
だから地球から持っていったアンティークの柱時計は、その誤差も考えると、そこでも十分に実用になった。
毎日太陽が南中したときに、昼の12時に合わせることにしたのだが、実際にやってみると、一日で数分の狂いしかなかった。
もちろんおれの腹時計も十分に実用になった。
ともあれおれは火星に着いてから少しして寝て、朝起きたらしっかり火星の朝になっていた。
それで地球から持ってきた朝飯を食べ、そして家を出てマリネリス峡谷の雄大な風景を楽しみながらの散歩としゃれこんだ。
で、動く家の制御装置では「夏」と表示されていたが、朝は結構寒かった。気温は5度くらいだっただろうか。
それは予め分かっていた事なので、おれは冬用のコートを着ていた。
そして程なく、最初の火星人に出会った。
そしてその火星人はにこやかにおれに話しかけた。
「Guten Morgen!」
おれはぶったまげて腰が抜けそうになった。
(かかかか…、火星人がどどどど…、ドイツ語???)
だけどおれは気を取り直し、答え、そして会話は続いた。
「Guten Morgen. Wie geht es Ihnen?」
「Es geht mir sehr gut…」
しかもその火星人は、どういう訳かゲルマン民族の風貌をしていたのだ!
そしてその火星人もおれ同様暖かそうな服を着て、吐く息は白くなっていた。
火星は地球よりも太陽から遠く、だから地球よりは随分と寒い。だけど真夏の赤道近くの朝なので、気温は5度くらいなんだ。昼だったら10度や20度にもなる。
まあ北欧にいると思えばだいたいいい。
で、気温のことはさていいて、火星人はゲルマン人風だ。
でもどうして20億年前の火星に、ゲルマン人がいるのだろう?
不思議だ不思議だ不思議だ!!
ともあれそういう具合で、おれの火星での生活が始まった。
それからたくさんの火星人と出会ったが、みな気さくでいい人たちだった。
実は彼らは、マリネリス峡谷の周辺で主に農業をやっているらしかった。
定住農耕民族というやつだ。
もちろんそこは緑豊かな土地だ。農地が広がり、方々にマリネリス峡谷に注ぐ清流の小川があり、だから豊かな水もあったのだ。夏だけど遠くの山々の山頂には雪が積もっている。
実はアタゴの動く家には「自動根回し機能」が付いていることは前の話で書いた。
だからその機能のおかげで、ここでおれは、「いくばくかの農地を所有する農民」ということになっていた。
そこで農業を営みながらのんびりと暮らす、という設定になっているらしかった。
もちろんおれはその「設定」に従った。
そういう訳で、しばらくのんびりと「農耕民族」としてそこで暮らし、いつしか親しい友人も出来、そんある日、その友人の一人がおれの家へ来て、この土地のワインを飲みながら晩くまで語り合った。
そして酒の勢いもあり、おれは気まぐれに、おれが20億年後の未来の地球からやってきた話をした。
タイムマシンのことも、アタゴの動く家のことも、全ぇ~ん部!
そしたらその火星人は、極めてまじめにその話を聞いてくれ、もちろんその話を信じてくれ、それから真剣な顔で、火星の未来のことを教えてほしいと言い出した。
そういうまじめなキャラクターは確かにドイツ人そっくりだ。
それはいいけれど。
で、そのドイツ人風の火星人が言うには、火星はこれから徐々に乾燥し、いつしか大気も失われ、やがて荒涼とした死の惑星になってしまうだろうという研究者が多くいて、火星人の多くは、そのことをとても心配しているのだという。
おれは彼らが高い文明を持っているということに感心した。火星の未来のことを正確に予測していたからだ。
そして実際、火星の乾燥化、砂漠化、そして大気の減少はどんどん進んでいるらしい。
確かにおれたちがいるマリネリス峡谷の周囲の一帯は、豊かな緑をたたえているが、それ以外の土地ではどんどん砂漠化が進んでいるそうだ。
だから遅かれ早かれ、この土地も砂漠化するだろうと言われているらしい。
それでおれは、おれの知っている火星の未来について、その火星人に話した。
やがて豊かな水と緑は失われ、赤茶けた、荒涼とした死の惑星になってしまうということを…
そしたらその火星人は、出来ることなら地球に移住したいと言い出した。
それから数日後、またその火星人がおれの家にやってきて、こんな話をした。
地球への移住を希望する者は結構いて、できる事ならアタゴの動く家で地球へ連れて行って欲しいと言うのだ。
もちろん火星に留まり、残りの「火星人生」を過ごすと決めている火星人も多くいるらしいが。
ともあれ彼らは、そのことを真剣に話し合ったらしい。
火星に残るのか、地球へ移住するのか…
そして地球に移住すると決めたのは、若い世代や子供を中心に100人ほどだった。
もちろんアタゴの動く家で一気に100人の移動は無理だか、この家のキャパシティーなら10人ほど、つまり2~3家族とその必要最低限の荷物くらいなら十分に運べる。
だから10回程度に分けて、アタゴの動く家で彼らをピストン輸送すれば、希望者を全員地球に送り込むことは出来そうだ。
それからしばらくして、いよいよ地球へ移住するという日が近づいた。
その間、移住を決めた火星人たちは、移住の準備に余念がなかったようだ。
それでおれも彼らの移住の準備のため、アタゴの動く家のコントロールパネルに行き先「地球」と入力し、人数とか彼らのキャラクターとかも入力して、機械に「事前調査」をさせた。
その調査はやはり数日を要した。
火星から地球へ、そして地球の何時の何処へ? それには膨大な情報が必要だったのだろう。
それで機械が指定したのは、地球の紀元前2000年頃の北ドイツで、ユトランド半島の付け根に近い場所だった。
そしていよいよ移住実行の日。
彼らを10組に分け、アタゴの動く家で、その紀元前2000年の北ドイツのその場所へと、順に送り届けた。
もちろんおれも同行したが、そこの気候は火星のこの地のそれに近く、そして水と緑の豊かな場所だった。
そして最後のグループを送り届け、それからおれは彼らに別れを告げた。
すると彼らの代表者が言った。(日本語に翻訳)
「本当にありがとうございました。この土地はわれわれが住んでいた火星のあの土地とそっくりです。水も、豊かな緑もあります。気候も私たちはちょうどいい。私たちはここを開拓して、ここを第二の故郷にしたいと思います」
そうやって彼らを送り届けた後、おれは一旦愛宕胃腸科の地下の実験室にもどった。
胃腸科の仕事もしないといけないし。
それから一日の仕事が終え、ソファーに座り、彼らからもらったワインを飲みながら、おれはゆっくりと考えた。
それにしても彼らは、どういう訳かドイツ語を話していた。
どうして火星人がドイツ語? そして彼らはゲルマン民族の風貌。
どうしてだろう?
20億年前の火星にどうしてゲルマン人が?
それからおれはゲルマン民族についてPCでいろいろ調べた。
そして判明したこと。
ゲルマン民族
現在のドイツ北部・デンマーク・スカンディナヴィア南部地帯に居住していた。
初期には定着農業と牧畜を営んでいた
原住地
紀元前2000年頃の北ドイツ、ユトランド半島、スカンジナビア半島の中南部
ぴったしじゃないか!
つまりおれがアタゴの動く家で、20億年前の火星から地球に送り込んだ彼らこそが、まさにゲルマン民族のルーツだったのである。
場所も時もぴったりだ!
大移動が好きな訳だ。
其の3へつづく