親父

文字数 678文字

 私が居間に入ったら…
 その居間というのが今風の居間ではなく、いやいや、今は「リビング」などというハイカラな呼び方をするが、とにかく私が入った居間というのは、どういう訳か思い切り昭和風。
 もう昭和四十年代のイメージだった。
 畳の四畳半で、そこには一徹親父さんがひっくり返しそうなちゃぶ台と、部屋の隅の十四インチの白黒テレビが置いてあった。
 しかもそこには何と、死んだ親父がちゃぶ台の前にあぐらをかいて座っていて、テレビではプロレス中継をやっていて、サンダー杉山とかグレート草津とかがリングで躍動していた。
 驚いた私は、
「お父さん、そこにおったとね」と言うと、親父は「おう」と返事した。
 それから親父が「ああ、腹が減った」というと、老人ホームにいるはずの母が割烹着姿で台所から出てきて、
「食べるもんはなぁ~んも無かよ」と豪快に言った。
 そういう訳で、みんなで何か食べに行こうという話になって、みんなで家の外に出たら1960年式のダットサンが置いてあった。
 それで、みんなでそれに乗って、親父は当然の如く運転席に座り、運転を始めようとしたのだけど、私はあることに気付き、それであわてて親父にこう言った。
「そいばってんお父さん。死んだ人が車の運転したらいかんとやないね? 免許やらもうなかろうもん」
 すると親父は少し寂しそうな顔で「おう、それもそうやな」と言って車を降り、バタンとドアを閉めた。
 その音に私は目が覚めた。
 私は猫のはなび君と一緒に昼寝をこいていた。
 そしてそれは、春風にあおられて部屋のドアがバタンと閉まった音だった。
 また夢の中で親父に逢えた。
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