中途採用的転生

文字数 3,862文字

 俺は豪快にニートだ。
 そんな俺はまさに名前が書ければ簡単に入れる大学に入学後二年ほどで退学し、で、実家でごろごろ。
 定番の昼夜逆転、食っちゃ寝、起きちゃネトゲ。
 実は大学にいた頃、遊びに来た卒業した先輩の愚痴話で、技術系ブラック企業に就職し、朝8時出勤はいいとして、上司に「今日は半ドンだぞ♪」と言われた日は夜中の12時に退社。で、「普通の日」はというと夜中の3時4時までばっちり残業とか。
 はたまた、営業職に就職した別の先輩の話では、営業では豪快にノルマがあり、ノルマが達成できないと、会社に戻って、4階にある事務所まで登るのにエレベーターを使わせてもらえず、しかもよりによってケンケンして4階まで上がらないといけないんだと。ふとももパンパンだそうだ。
 そうかと思えば就職した会社が速攻で倒産し、放り出され、ホームレスになった別の先輩の噂も聞いた。
 といかくこの大学を卒業しても、ろくな仕事がないらしい。
 それで絶望し、俺は大学をやめた。
 で、親元でニート生活突入という訳。
 で、案の定親父からは「この馬鹿タレが働け働け!」とがんがん言われるが、就職氷河期以前に終身雇用された親父とは訳が違うっての!
 俺らに終身雇用なんて夢のまた夢なの!
 もうどうしようもない。

 で、ともかく親父の言うことも1ミクロンくらいの道理はあるし、それでバイトを探した。
 とりあえず不動産会社でバイトしたら、中古住宅の「オープンハウス」とかで、曲がり角で着ぐるみ着せられ、プラカード持たされ、真夏の炎天下、日がな一日立たされたら暑くて暑くて、見えていた道路がいきなり青空に変わり…、つまり俺は豪快に熱中症で倒れたって訳。
 で、やいややいやと人が集まり、ぴーぽーぴーぽーいう白塗りのワゴンが来て、で、俺、死にかけてたらしいけど、病院で医者がかっこよく俺を生き返らせてくれた。
 それからほかにもバイトいろいろやったけれど大同小異で、とにかく大学中退の俺にろくな仕事はなかった。とにかくこんな悲惨なエピソードのオンパレードで、思い出したくないからもう書かない!
 それで俺は豪快に絶望し、家の自分の部屋で首を吊ったらひもが切れてどしゃんと床に落ち、「ああ、自殺もできん」と、さらに追い打ちをかけられたように絶望し、それならとベッドでふて寝してたら、よりによっていきなり豪快に金縛りに遭い、そして目だけは見えて、そしたら天井を通り抜けて胡散臭い爺が、うつ伏せに降臨してきた。
 俺はベッドで仰向け、爺はうつ伏せ。互いに変な位置関係ではあるが、幾何学的に言えば、っていうか、90度回転させて考えれば、俺と爺が道端で向かい合って立ち話でもしている状態に近似してはいる。
 まあそういうことはどうでもいい。
 で、その爺は白髪で長い髪。長い白い髭。袈裟のような着物を着て、手首とか首にじゃらじゃらと数珠のようなものを巻き…、とにかくそれはもう胡散臭さ全開の爺だ。
 そしてその爺、なんと、異世界転生の代理人だと自称する。

「あ~、おぬし、この頃熱中症で死にかけて、とある医者に助けられておったな」
 いきなりそんなことを言われはしたが、俺はまだ豪快に金縛り中で声も上げられなかった。
 だけどその爺はテレパシーが出来るみたいで、俺が頭の中で考えることに爺は逐一反応した。
「やっぱりそうか。じゃからそういう訳でおぬしは、大なり小なり医者に憧れておる訳じゃな」
「そうじゃそうじゃ。医者に転生するのもわるくないじゃろうて」
「いや、転生に際して、これは中途転生というてのう。転生の中途採用版みたいなものじゃ」
「そうそうそういう訳じゃ。じゃから医学部卒業後数年の臨床研修上がりの若手医師の時点からの人生が始まる」
「いやいやそのような心配はいらぬ。おぬしはすでに医学部卒業し、医学知識も、医療技術も、若手医者なりのものはデフォルトで授かっておる。もちろん医師免許もちゃんと取ってあるし」
 
 この辺まで俺はテレパシーで爺と会話したが、そろそろ金縛りが解たみたいで、俺はテレパシーではなく、空気の振動を起こしながらの意思伝達…、つまり普通にしゃべれるようになった。
「それじゃ俺は医学部卒業し、医師免許も取って、臨床研修上がりの若手医者あたりのところから、中途転生出来るのですね!」
「そういうことじゃ。わっはっは。それでは君の成功を祈る!」
 どろん!


 そして気が付いたら俺は、白衣姿で病院の廊下を歩いていた。
 どうやら朝の7時頃。
 それから俺が廊下を3歩歩くと、俺の院内ピッチが鳴った。
「先生、ICUの○○さんの呼吸が止まりました」
 それで小走りにICUへ。
 で、どこがそのICUかは、転生する際、俺の脳にデフォルトでインプットされていたようだ。もちろん知識も技術も!
 それでさっさとICUへ行くと、看護師さんたちが心マッサージをしていた。
 で、到着するや俺は「挿管しましょう。ええと、ボスミンと硫アト吸っといて」と言い、一人の看護師さんは救急カートから注射器とアンプルを出し、別の看護師さんが俺に気管内チューブと喉頭鏡を手渡してくれた。
 それで、気管内挿管の技術はやはりデフォルトで俺に備わっているらしく、不思議なほど思うように手が動き、左手の人差し指と親指で患者さんの口を開け、喉頭鏡を口の中に入れ、ぐっと舌を押しやり、すると看護師さんが手際よく患者さんの喉を押すと、気管入口部、声帯が見えたので、スタイレットの入った気管内チューブを程よい深さに挿入し、するとそれを見計らったように看護師さんが注射器でチューブに付いているカフに空気を送り込み、固定。
 それから手際よくバイトブロックをくわえさせ、チューブを布テープで固定。
 そして俺はアンビューバックで空気を送り始め、患者さんの胸が上下し始めた。
 ここまで1分。
 そして心電図モニターは見事にフラットになっていたので、アンビューを一旦看護師さんに任せ、吸ってもらっていたボスミン入りの注射器にカテラン針を付けてもらい、そして心臓内に注入。
 するとモニターがVFを示したので、早速カウンターショックだ。
 急を要していたので400Jと指示。胸部に電極を押し当て、「お願いします」というと看護師さんがスイッチを入れ、通電。
 一瞬、患者さんの胸がどかんと動き、少し焦げ臭いにおいもしたが、ともあれ心電図はブラギっていたけど、拍動を開始。それで硫アトを投与し、気管内チューブを人工呼吸器に接続し、設定もした。
 そしてしばらく様子を見たが、酸素飽和度も上がり、意識はないもののとりあえず落ち着いたので、あとは主治医に任せることにして、9時から始まる肝臓の手術のため、俺はオペ室へと向かった。

 手洗いし、術衣を着てゴム手袋をはめ、それから9時ちょうど、「お願いします!」と手術開始。
 手術は肝臓の大半を埋め尽くした癌を切除するもので、物凄い出血と闘いながらの癌の切除、胆管の形成、それからリンパ節郭清も入念にやり、手術は18時間を要した。
 終わったのは夜中の2時。
 その間、何も食っていない。何も飲んでいない。
 それから疲労困憊した俺が、手術記録を書き終えたのが午前3時。
 ほっと一息するとピッチが鳴り、救急隊からの要請。
 それを受けて救急外来に行ってみると、患者と思しき人物が救急車からすたすたと元気に歩いてきて開口一番、「一か月前から腰が痛い! 痛み止めとシップを出してくれ!」
 で、(くそったれ!)と思いながら、「そんな理由で救急車を利用されても困ります」と言ったら「てめえ医者だろ! 薬も出せんのか!」とどなり、それから押し問答になろうとしたが、こんな頭のイカれた奴と押し問答しても時間をどぶに捨てるようなものだと悟り、それで大人しく薬とシップを処方したら、
「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと出しゃぁいいんだ。このやぶ医者め! バカヤロウ!」と捨てセリフを吐いてから、そそくさと、待たせておいた救急車に乗ろうとした。
 だけど俺は親切心で、追加してこう言った。
「ああそうそう。シップはったところは直射日光が当たらないように気を付けてくださいね。かぶれることがありますからね」
 するとそいつは「俺は人前でケツを出すような趣味はねえ。おめえとは違うんだ!」と言って、それから颯爽と救急車に乗り込み、帰っていった。
 それからふと窓の外を見るとすでに明るくなっていて、一発あくびをこいたらピッチが鳴って、おれが眠そうに「はぁ~い」と返事すると、病室で××さんがトイレに立ったときにこけて、ベッドの柵で豪快に頭を打って出血しているとのこと。
 で、転生時デフォルトで授かっていた知識を元に病室へ行ってみると血の海で、この患者さんは血液サラサラを飲んでるらしかった。それで小一時間患部を圧迫止血し、やっと止まり、それから消毒、縫合。
 その間、患者さんは我慢できず、血の海の中にお漏らししたが、そちらは看護師さんが手際よく始末してくれ、おしめも履かせてくれたので助かった。
 それから血だらけの俺の白衣も看護師さんに洗濯の手配をしてもらい、新しいぱりっとした白衣を着て、もう9時前だったので、病院の売店で買ったカロリーメートのスティックを、歩きながら貪り食い、缶コーヒーで流し込み、それから外科外来の診察室へと向かった。
 こうして中途採用的転生した俺の、次の新しい一日が始まる。
 だけど考えてみると、営業でノルマ達成できずに、けんけんで4階まで上がる方が楽かも…
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