コントロールコントローラー2
文字数 2,002文字
その雑居ビルの四階に、その男のオフィスはあった。
いや、オフィスというには少々語弊があった。
むしろ、雑然とした、まあ、ガラクタ置場というほうが正しかった。
「申し遅れました。私、一ツ葉電子工業の代表で、一ツ葉海岸といいます。どうぞよろしく。以前はラジコンの送信機やゲームのコントローラーなんかを作る会社の開発にいたんですが、今度、独立しまして。で、今回ご紹介するのは、我が社の新製品。とにかくコントロールが抜群に良くなる機械です。名付けて、コントロールコントローラーです!」
男はまくしたてた。
「何ですかそれは?」
「これです。実はこれは私か勤めていたラジコンメーカーの製品である、PCM1024ZA型という送信機を改造したものです」
その男が彼に見せたのは、ラジコン飛行機用の本格的な送信機だった。
それには、たくさんのスイッチと大きな液晶パネルが備わっていた。
「これから電波を発生させ、あなたのコントロールをコントロールするのです。だから、名付けてコントロールコントローラーです」
「僕のコントロールをコントロール?」
「そうです」
「どうやって?」
「まず、この超小型受信機を、あなたの脳の中に植え込みます」
「植え込むって、どうやって?」
「知り合いの脳神経外科医に頼みます」
「手術するんですか」
「もちろん」
「げ!」
「まあ、話を最後まで聞いてください。とにかくこの超小型受信機を、あなたの小脳に埋め込むのです」
「げげ!」
「ではここで脳の話をします」
その男は壁ぎわに釣り下げてあるスクリーンをがらがらと引っ張り出した。
するとやや黄色みがかった古ぼけたスクリーンが出てきた。
何年も使ってなかったのか、そのスクリーンを安住の地と決めていたらしいゴキブリの一家があわてて引っ越していった。
次に男は部屋を薄暗くすると、これまた年代物のスライドプロジェクターのスイッチを入れた。
プロジェクターはガーガーと音をたてながら、脳の解剖図を映しはじめた。
「まず大脳です。大脳の仕事は意思決定と、それに基づいて、筋肉へ信号を送ることです。こう言ってしまうと、大脳だけですべてやってしまえるみたいに、思っちゃいませんか?」
「そうですね」
「ところがそうではない。まあ、私は脳については専門ではないので、詳しいことは良く知らないのですが…」
「よくそれで機械が作れましたねえ」
「いやいや、だから私はエンジニアで、そういう医学的なことはその知り合いの脳外科の先生の力を借りたんですよ」
「なるほど」
「で、大脳だけではだめなのです。これは国というものが政治家だけでは動かないのと似ています」
「ほうほう」
「すなわち国には官僚機構、言い換えると事務方の人たちがいないと何もできない。例えば道路一本造るにも、用地買収から、どのゼネコンに発注するか、予算はどのくらいかなど、いろんなことをしなければならない。小脳とは、まさに脳のなかの『事務方』なんですよ」
「へえー、初めて聞いたな、そんな話」
「いや、私も今思いついたんですけど」
「じゃ、でたらめなんですか、その話」
「いや、今思いついたのは、事務方というたとえのことです。脳の話は脳外科の先生に教わったものです」
「ああ、そうですか」
「では、具体的な話ですが…」
男はスクリーンに映し出された脳の解剖図を指しながら説明を続けた。
男はしばらくの間、雄弁にまくしたてたのだ。
「…したがって小脳は体のいろいろの運動の微調整を行なっているところというわけです。たとえばボールを投げると決めるのは大脳です。もちろんまっすぐかカーブか、はたまた打者の頭を狙うのか、そういうことを決めるのはもちろん大脳です」
「僕は打者の頭を狙ったことなんか、一度もありませんよ! まあ、ぶつけちゃったことは何度もあるけど」
「いやいや、失礼。まあ、もののたとえですよ。で、あなたが投球動作にはいりますよね。そしてテイクバックして…」
男は狭い部屋の中で実際に投球動作を始めた。
「…左足を踏み込んで、体をひねって、いよいよ腕が前へ出てきて、そしていよいよ最後に、ボールをリリース!」
と、ドカン! という音とともにテーブルの上のがらくたが三つほど、どかどかと落ちた。
「大丈夫ですか。あ、少し血が出てますよ」
「なんのこれしき」
男はテーブルにぶつけた手首を押さえながら話を続けた。
「で、実際にこの動作を取り仕切っているのが、この小脳なんですよ!」
それから男は、スクリーンに映った小脳を指さした。
「で、まさにその小脳にこの超小型受信機を埋め込むのです。で、この小型受信機はあなたの小脳に代わって命令を出し、あなたはたちどころにすばらしいコントロールを手に入れるというわけです」
つづく
いや、オフィスというには少々語弊があった。
むしろ、雑然とした、まあ、ガラクタ置場というほうが正しかった。
「申し遅れました。私、一ツ葉電子工業の代表で、一ツ葉海岸といいます。どうぞよろしく。以前はラジコンの送信機やゲームのコントローラーなんかを作る会社の開発にいたんですが、今度、独立しまして。で、今回ご紹介するのは、我が社の新製品。とにかくコントロールが抜群に良くなる機械です。名付けて、コントロールコントローラーです!」
男はまくしたてた。
「何ですかそれは?」
「これです。実はこれは私か勤めていたラジコンメーカーの製品である、PCM1024ZA型という送信機を改造したものです」
その男が彼に見せたのは、ラジコン飛行機用の本格的な送信機だった。
それには、たくさんのスイッチと大きな液晶パネルが備わっていた。
「これから電波を発生させ、あなたのコントロールをコントロールするのです。だから、名付けてコントロールコントローラーです」
「僕のコントロールをコントロール?」
「そうです」
「どうやって?」
「まず、この超小型受信機を、あなたの脳の中に植え込みます」
「植え込むって、どうやって?」
「知り合いの脳神経外科医に頼みます」
「手術するんですか」
「もちろん」
「げ!」
「まあ、話を最後まで聞いてください。とにかくこの超小型受信機を、あなたの小脳に埋め込むのです」
「げげ!」
「ではここで脳の話をします」
その男は壁ぎわに釣り下げてあるスクリーンをがらがらと引っ張り出した。
するとやや黄色みがかった古ぼけたスクリーンが出てきた。
何年も使ってなかったのか、そのスクリーンを安住の地と決めていたらしいゴキブリの一家があわてて引っ越していった。
次に男は部屋を薄暗くすると、これまた年代物のスライドプロジェクターのスイッチを入れた。
プロジェクターはガーガーと音をたてながら、脳の解剖図を映しはじめた。
「まず大脳です。大脳の仕事は意思決定と、それに基づいて、筋肉へ信号を送ることです。こう言ってしまうと、大脳だけですべてやってしまえるみたいに、思っちゃいませんか?」
「そうですね」
「ところがそうではない。まあ、私は脳については専門ではないので、詳しいことは良く知らないのですが…」
「よくそれで機械が作れましたねえ」
「いやいや、だから私はエンジニアで、そういう医学的なことはその知り合いの脳外科の先生の力を借りたんですよ」
「なるほど」
「で、大脳だけではだめなのです。これは国というものが政治家だけでは動かないのと似ています」
「ほうほう」
「すなわち国には官僚機構、言い換えると事務方の人たちがいないと何もできない。例えば道路一本造るにも、用地買収から、どのゼネコンに発注するか、予算はどのくらいかなど、いろんなことをしなければならない。小脳とは、まさに脳のなかの『事務方』なんですよ」
「へえー、初めて聞いたな、そんな話」
「いや、私も今思いついたんですけど」
「じゃ、でたらめなんですか、その話」
「いや、今思いついたのは、事務方というたとえのことです。脳の話は脳外科の先生に教わったものです」
「ああ、そうですか」
「では、具体的な話ですが…」
男はスクリーンに映し出された脳の解剖図を指しながら説明を続けた。
男はしばらくの間、雄弁にまくしたてたのだ。
「…したがって小脳は体のいろいろの運動の微調整を行なっているところというわけです。たとえばボールを投げると決めるのは大脳です。もちろんまっすぐかカーブか、はたまた打者の頭を狙うのか、そういうことを決めるのはもちろん大脳です」
「僕は打者の頭を狙ったことなんか、一度もありませんよ! まあ、ぶつけちゃったことは何度もあるけど」
「いやいや、失礼。まあ、もののたとえですよ。で、あなたが投球動作にはいりますよね。そしてテイクバックして…」
男は狭い部屋の中で実際に投球動作を始めた。
「…左足を踏み込んで、体をひねって、いよいよ腕が前へ出てきて、そしていよいよ最後に、ボールをリリース!」
と、ドカン! という音とともにテーブルの上のがらくたが三つほど、どかどかと落ちた。
「大丈夫ですか。あ、少し血が出てますよ」
「なんのこれしき」
男はテーブルにぶつけた手首を押さえながら話を続けた。
「で、実際にこの動作を取り仕切っているのが、この小脳なんですよ!」
それから男は、スクリーンに映った小脳を指さした。
「で、まさにその小脳にこの超小型受信機を埋め込むのです。で、この小型受信機はあなたの小脳に代わって命令を出し、あなたはたちどころにすばらしいコントロールを手に入れるというわけです」
つづく