タイムママチャリ4

文字数 5,660文字

 3からの続き

     4
 それからしばらくして、彼が両親の家で当たり前のように暮らしていたある夏の朝、彼の父が、少しばかり朝寝坊していた彼の部屋へ来て、そして言った。
「おい起きろケイスケ。ケイスケが来てるぞ!」
 彼は父の言っている意味がよく分からなかったけれど、とりあえず起きて、そして彼は、自転車に乗るとき以外はよれよれのジャージとシャツ姿で、寝るときもそうで、だからそのままの姿で眠い目をこすりながら外へ出ると、二台のママチャリが停めてあり、その傍らに20歳前後の彼自身と、そして同年代の女の子が、やや青白い顔をして、少しだけど体調が悪そうに、パジャマ姿で立っていた。
 それで早速彼は二人を自分の部屋へ案内し、そして彼らの話を聞いた。

「実はこの子、原因不明の病気らしいんだ」
「原因不明の?」
「うん。それで彼女は今、入院しているんだ。だけどちっとも良くならないんだ。実は僕ら、1978年の夏からここへ来たんだ」
「それじゃ君は、体調が悪いのに、干拓地の堤防からここまで自転車で?」
「ええ。だけど、干拓地の堤防からここまでくらいなら、私、何とかできました」
「それに1978年の堤防までは、お父さんが車で、彼女と自転車を運んでくれたし」
「そうなんだ」
「それで実は入院している病院で、この子の御両親と主治医の先生が部屋で話しているのを、この子が病院の廊下から、こっそりと聞いちゃったらしいんだ。そしたら原因不明の難病らしくて、病状はかなり厳しいらしいとか…」
「私は今、体調はそんなに悪くないんですよ。本調子じゃないですけど。だけどこれからだんだん悪くなるみたいで…」
「そうなんだ。それでこの子も絶望して、だけどもしかして未来へ行ったら、僕の両親みたいに治療が出来るんじゃないかなって僕が勝手に考えて、それで、タイムマシンのことも彼女に話して、そして彼女と相談して、それで、とりあえず病院を抜け出して来たんだ。で、抜けだした時刻は正確に覚えてるから、ぴったり同じ時刻に戻れば、ばれないんじゃないかなって…」

 それから3人は、早速彼の運転する、初心者マークの着いたボロ軽の箱バンで出発した。
 ところで彼は、長年自転車だけで暮らしていたけれど、彼の父は元警察官らしく、潔く免許を返納したので、車がないと買い物も、そして病気をしたら、病院へ行くのも不便だろうと思って、普通免許を取ったのだ。
 そして近所の人に、この軽の箱バン、乗らないけどまだ走るから、欲しいなら一万円で売りますよと言われ、ありがたく譲ってもらったのだった。
 それから、よれよれのジャージとシャツ姿で病院へ出掛けるのもなんだと思い、彼は10年着たよれよれの茶色のカッターシャツと、15年履いた黒光りのするグレーのズボンに着替えた。
 ともあれそれから、そのボロ軽の箱バンで出発した3人は、両親が治療を受けた総合病院の先生の元を訪れた。
 それで、病院ではその子の採血を行い、もちろん健康保険がないから全額自費で、そしてデータが出て、それからその先生自身が顕微鏡で血液を観察して…、ところでどうしてわざわざ先生自身が顕微鏡で観たかと言うと、それは診療費を節約してくれるためだ。
 彼の両親のときもそうだったが、とにかくそういう気配りの出来る良心的な先生で、だから彼はその先生をとても頼りにしていたのだ。
 それはともかく、それから先生は言った。
「血液のデータや、末梢血液の様子からは、血液に関係する病気でしょうね。だけどさらに詳しく調べないと、確定的なことは言えませんが…」
 それから先生は、しばらく病状を説明して、だけどその先生の話し方からは、その子は彼の両親の場合とは異なり、2015年の医学でも、そう簡単には治りそうな感じではなかった。
 それで彼は、採血の結果と、顕微鏡で観た血液のプレパラートの標本を貸してもらえるよう、その先生に頼みこんだ。
 するとその先生は、セカンドオピニオンをお求めなら、私は一向に構いませんよと、快くあっさりと、その資料を貸してくれた。

 それから彼らは、病院の駐車場を歩きながら話をした。
「私のために、結構お金使わせちゃいましたね。健康保険がないから、高かったでしょ? ごめんなさい」
「お金のことは、あまり心配しなくてもいいよ。僕は質素に暮らしているから、そのくらいのお金なら持っている。全然心配いらない。それにいざとなれば、タイムマシンもある。それにあの先生、また診療費節約してくれたし」
「ねえねえ、タイムマシンがあると、どうしていざとなってもお金の心配がいらないの?」
「まあいいじゃないか。えへん。だけど僕は、質素な生活に徹しているけどね。タイムマシンで億万長者になる気は毛頭ない。そんなことしても不幸になるだけだ。外車なんかいらない。車はボロ軽で十分」
「うん。その気持ち、僕にもよく分かる!」
「当たり前じゃないか。お前は僕だぞ!」
「あはは、そうだったね。ところで、セカンドオピニオンって?」
「一般的には、同じ病気を別の先生にも相談するんだ」
「それじゃ、これから別の病院へ行くの?」
「いや、同じ病院だよ。同じ先生だ。あの先生はいい人だから。だけど今度はママチャリだ」
「ママチャリ?」

 それで3人は、ボロ軽で一旦両親のいる家へ戻り、それから3台のママチャリに分乗し、干拓地の堤防へと向かった。彼女の体調を考え、ゆっくりとゆっくりと。
 それから堤防で彼はしばし考えて、そして思い切って30年後の2045年のその病院へ行ってみることにした。
 幸い干拓地の堤防の道は30年後も存在し、それから3台のママチャリで、そこから程近いその病院へと向かった。再び、ゆっくりとゆっくりと。
 途中の道はずいぶんきれいになり、街も未来的に垢抜けしていたけれど、病院の建物はそのままで、というか随分古めかしくなり、何だか歴史を感じさせる風格を漂わせていた。
 それから病院に入り、その先生のことを尋ねると幸いまだ勤務しておられ、それから待合室でしばらく待つと、彼女の名前が呼ばれた。
 それで診察室へ行くと、70歳近くになったその先生がいた。ふさふさだった髪はつるつるだった。
 それでつい先程もらった、だけどその先生にとっては30年前に作った資料を見せると、先生は彼ら3人をしばらく見て、しばらく茫然として、そしてしばらく凍りき、それからやっと、しどろもどろながら、しゃべれるようになった。
「ど…、どうして30年前の資料なのに、かか、紙はばりばり新しいし、こ…、この子は…、あ、なたたちも…、ととと、歳が、かか…、変わってない!」
 それで彼は平然と、こう答えた。
「タイムマシンで来たからですよ」
「たた…、タイムマシン? だけど、たしかにそうみたいですね。30年前、ここへお見えになったのは、私もよく覚えていますよ。保険証無しで、三人で見えて、大変失礼ですが、あなたはそのよれよれの茶色いカッターシャツと、黒光りのするグレーのズボンで、そして私がこの子の血液を顕微鏡で見ましたよね。診療費を節約してあげようと思って。それからセカンドオピニオンとか言って、資料が欲しいと言われましたよね。それで、それからどうしたのかなって、時々思っていたんですよ。で、結局、30年後の私のところへセカンドオピニオン?」
「おっしゃるとおり」
「はぁ、だからタイムマシンで来られた…、とまあ、簡単に言うと、そういうわけですかね」
「まさにそのとおり」
 それから先生は女の子に尋ねた。
「ところで君は、そもそもいつの時代から来たの?」
「1978年です」
「それじゃ、2015年に来たときもタイムマシンで来たわけだ。だから保険証もないんだ。なるほどね。これでやっと事情がわかった。ところで君は、本当は何年生まれ?」
「1958年生まれです」
「それじゃ私より20歳も年上なんだ。ああ、ややこしい。だけどまあいい。ちなみに私は1978年生まれなんですよ。つまり私が生まれた年からやって来られたと…」
「そうですよ。ちなみに私は2015年からで、この若い2人は1978年から。もう一つちなみに、僕とこの男の子は同一人物です。時を隔てた…」
「ああもうややこしい! ええと…、もういいから、タイム何たらの話はもう止めましょうか。とにかく私は、この子の病気に集中したい」
「もちろんそうして頂いた方が…」
「ともあれ、この時代の装置で血液をもう一度調べましょうか。2015年とは雲泥の差ですよ。血液のDNAも全て同定できるし、そしたら異常も完璧に分かる」
 それから、彼女の耳たぶから血液を一滴取り、機械に流し込み、しばらくすると検査結果が項目別にモニターにずらりと表示され、先生は、「なるほどなるほど」と言いながら、しばしそれらを見て、ややあって、AIの自動診断でも可能性の順にいくつかの病名が並び、それを見て先生は、「う~ん」と言ってからしばし考え、そしてややあって、「よし!」と言ってから、その子の病気にどんぴしゃの薬を選んでくれたようだった。
「それで、君…、いや、あなたの病気なんだけど、ずっと難病だと言われていたもので、十年ほど前、つまり2035年頃に解明された病気で、もちろん現在は治療法も確立しているし、その研究はノーベル賞になったんだよね。ともあれ、その定番の薬を一週間分出しておきますから、一日3回飲んで下さい。ああそれと、初回分は注射で投与しましょう。一発で気分が良くなりますよ。そして一週間後にまた来てくださいな」
 それから彼女は隣の部屋で注射を受け、帰りに薬局で薬をもらい、そして3人が駐輪場へ着いた頃には、彼女の体調は見違えるように良くなった。
「何だか私、これからサイクリングに行きたいくらい」
「まあまあ、無理するなよ。今日は堤防までのサイクリングで我慢しな」

 それでとりあえず2015年へ戻り、それから彼が両親と暮らす家へ戻った。
 そして二十歳の彼と彼女は彼の家に滞在し、一週間を過ごした。
 ところで彼女がその薬を飲み始めると、彼女の体調はそれからもさらに良くなっていった。
 一週間後、3台のママチャリで3人とも元気よく自転車で堤防まで走り、タイムトリップし、再び2045年のその先生の所へ行き、検査をしてもらい、その結果を見た先生は、あっさりと言った。
「完全に治っていますよ」
「本当ですか? 私、治ったんですね。夢みたい!」

 それから彼らは、再び干拓地の堤防へ着いた。
「こんなに元気にしていただいて、本当にありがとうございました」
「よかったね。やっぱり未来ってすごいんだな。血液一滴であのデータ。それにあの自動診断装置もすごかったな」
「ねえねえ、あんな機械があれば、未来では医者なんかいらないんじゃないの?」
「いや、それはちがうよ。データを見ながら先生は、なるほどなるほどって言っていただろう。AIの診断を見て、うーんって言っていただろう。そこが大切なんだ」
「どうして?」
「機械、つまりコンピュータは、与えられた情報、与えられたプログラムのアルゴイリズムに則って動くんだ」
「アルゴイリズムって?」
「いうなれば、学校の校則みたいなもんだね」
「へぇー」
「つまりそのアルゴイリズムで突っ走る。だからミスはやらないけれど、とんちんかんな答えを出すこともある」
「確かに校則だって、とんちんかんなのあるよね」
「だけど人間には、機械にはない柔軟性があるんだ。だから自動診断が病名候補をあげてくれて、人間である医者が、最も妥当と思われるものを選ぶ。あの先生は多くの知識と、長い経験を持っておられる。つまり機械と人間が共同作業をやるんだ。ポカやミスをやらない機械。そして、豊富な経験に基づいて、とんちんかんをやらない人間。これらがタッグを組めば最強なんだ」
「なるほどね。納得」
「ええと、ところで君たち、これからどうする?」
「私が元気になったの、早く母さんに見せたいな」
「そうだよね。そうしなよ。だけどさあ、いきなり元気になったら怪しまれるからさあ、今日のところはまだ体調不良のふりをしてさぁ、明日の朝目覚めたら、お母さん、私すごく調子よくなっちゃった、なんて言えば?」
「それもそうね」
「よし! それじゃ僕ら、ここから直接1978年へ帰るよ」
「そうだね。それがいい。それじゃ、君たち、元気でやるんだぞ!」
「うん!」
「本当に何もかも、ありがとうございました」

 そして晴れがましい表情の二人は、2台のママチャリに乗って走りだし、彼がその後ろ姿を見ていると、突然、堤防の道から消えた。
 それから彼はしばらくそこに佇み、未来の海を眺めながら、そしてあることを考え始めた。

(あの女の子は一体誰なんだろう? 自分が大学の頃には出逢わなかったはずだし…、いやいや、だけどたしか、大学の同級生の女の子で、二年生の最初頃から病気で大学に来なくなった子がいたな。たしか入院したそうだった。うん。確かにそんな子がいたな。思い出したぞ。だから僕も気にはなってはいたんだ。そしてあの子はそれからどうなっていたんだろう。その後、都会の病院へ転院したってことまでは聞いてたけれど、だけどそれから彼女がどうなったのか、僕は知らなかった。知る由もなかったし。だけどそうか。もし二十歳の僕がタイムマシンを使い、未来へ行って彼女の未来を知ったなら、そして仮にそれが過酷なものだったのなら、僕だってきっと同じことをしただろうな。あいつと同じ行動を。つまり彼女を未来へ…、きっとそうだ。そうにちがいない)
 何となく彼は納得した。
(いずれにしても、これで良かったんだな。そしてあいつら、うまくいくといいな)

 それから彼は、自分のママチャリで2015年へ戻った。
 そして彼が両親と暮らす家へ戻ると、家は増築してあり、彼と同い年の女性が彼を出迎えた。
「あなた、お帰りなさい」
 それだけじゃなかった。
 彼の息子夫婦がいたのだ。しかも彼の孫までも…

「タイムママチャリ」完

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