サッカー必勝法もう一発

文字数 2,768文字

 とあるうだつの上がらない、とあるプロスポーツチームのオーナーが、ある日ぼーっと、牧羊犬を紹介するテレビ番組を見ていた。
(なるほどね。たった2匹の犬が、数百頭の羊を一か所に固めておる。そしてその群れからはみ出した羊には機敏に反応し、これを追い払い、そしてまた一塊の群れに戻す。なるほどね。羊たちは金縛りじゃな)
 その様子を見て何か閃いたらしいそのオーナーは、それからとある牧羊農家を訪れ、「もしお宅の牧羊犬が天に召させたならば、その屍を私に譲っては頂けませんでしょうか」と、妙な話を切り出した。
 するとその農家の大将は「うちは牧羊犬はいっぱいいますだで、老犬になって死ぬ奴は時々いますよ。だから構いませんよ。ただ、牧羊犬の肉は、多分硬くてあまり美味くないかも知れませんぜ」と、返した。

 それからしばらくして、今にも天に召されそうだという連絡を受け、その牧羊農家に馳せ参じたオーナーは、お礼にと、いくばくかのお金を渡し、「いやいやこんな大金めっそうも御座いません。死んだ犬引き取ってもらうってのに、お金なんか…」と恐縮されながらちゃっかりそのお金を受け取られ、それはいいけれど、オーナーはその牧羊犬のご遺体をワゴン車に乗せ、それからそのオーナーの知り合いの、とある脳科学者の元へと向かった。
「まだ死後間もないので、とりあえず脳を取り出しましょう。しかし牧羊犬の脳の、何を調べてほしいのですかな?」
「どうして牧羊犬は羊を一か所に集めることが出来るのか。そのメカニズムです。きっとそれはこの犬の脳内にあるはずですから」
「そのメカニズムを知って、一体どうなさるおつもりで?」
「それは…、企業秘密でして、今のところ言えません。しかしその予算なら、かなりの額はお支払いできますよ」
「いやいや、私はただの貧乏学者です。研究だけが生きがいでして、お礼など、まあ実費くらいは頂くとしても…」
「まあまあそうおっしゃらず。へへへ、いずれにしましても、それじゃ、よろしくお願いします。いひひひひ」

 そのようないきさつで、金に目がくらんだその脳科学者の元へ、それからもそのオーナーは10頭ほどの、天に召された牧羊犬のご遺体を、数か所の牧羊農家から譲り受け、そして送り届けた。
 そしてその脳科学者は牧羊犬のみが持つ、その特殊な能力の、脳内における中枢を調べ上げ、その完全なる解析に成功した!

 ちなみに「何かを調べる」というのは科学者の本能、いや、性である。
 したがってその脳科学者に「真実追及」のスイッチが入り、研究に没頭したとしても、誰もその脳科学者を責めることは出来まいて。
 しかも「牧羊犬は如何にして、羊を一か所に集めることが出来るのか?」という、左程悪意も感じないような研究内容なんだし。
 実はその脳科学者は「バイオメモリー」という特殊な技術を開発しており、何でもその技術を用いれば牧羊犬のその能力をバイオメモリーに抽出できるらしい。
 そして抽出する際は、特殊な電極を牧羊犬の脳内に差し込み、実際に羊を一か所に固める行動をさせなければいけない。

 それじゃ最初からそうすれば、と、あなたたちは考えるかもしれない。
 しかし天に召された牧羊犬の脳の、顕微鏡的な、はたまた電子顕微鏡的な検査を経なければ、その電極の正確な位置は特定出来なかったのである。
 いずれにしても物には順序というものがあるのだ。
 かくして、生きた牧羊犬の脳の特定の場所に、正確にその電極を挿入するという手技は、その脳科学者と「お友達」らしい、とある獣医の協力の元、極めて安全に執り行われた。
 ちなみにその電極のこちら側はUSBポートの形状をしており、記録装置は牧羊犬の背中に乗せ、ベルトで固定し、記録装置からのコードをそのUSBポートに差し込めばOKだ。
 それから、件の牧羊農家の大将の協力の元、電極を挿入された牧羊犬は元気に農場を走り回り、羊を追い、一か所に固め、そしてそれを維持した。
 そしてその犬の脳の活動の一部始終は、その記録装置に記録された。
 もちろんそれから獣医によって脳内の電極は安全に取り除かれ、その牧羊犬は今も元気に農場を走り回っていると、件の牧羊農家の大将が言っているから、安心して頂きたい。
 
 さて、実はそのバイオメモリーに記録されたデータは、生きた人間にインプットされるのである。
 どうやって?
 実はその詳細は、バイオメモリーを開発した脳科学者の「企業秘密」らしく、はなはだ残念ながら、ここではその詳細をお教えすることは出来ない。
 しかしインプットに際し、生きた人間の脳を開ける、などという豪快なことは必要ないらしく、特殊な、イヤホンのような物体(電極)を耳に差し込み、装置の本体は胸のポケットにしまい込み、そして耳の電極から特殊な電磁波が発生し、するとその人間は、あたかも牧羊犬であるかのごとく、しかしこの場合、相手は羊ではなく、他の人間たちなのだが、いずれにしてもその人間たちを一か所に固め、その状態で留めるという、とても人間業ではない所業が可能となるのである。

 さて、この物語の冒頭、とあるうだつの上がらない、とあるプロスポーツチームのオーナーが…、と書いたが、この胡散臭いプロジェクトの仕掛人はもちろんそのオーナーだ。
 もちろんそれは、とあるスポーツの必勝原理のためである。
 さてさて、そのバイオメモリーに記録されたデータをインプットされるのは、そのチームの選手たち。
 ただしこれを装着するのは、検討の結果、サイドバックの2人となった。
 そして試合開始!
 ちなみに、話を分かりやすくするため、チーム名を仮に、赤団青団とし、そしてそのオーナーのチームは赤団としておきますね。相手が青団。

「さて、試合開始。おっと、赤団のサイドバックの2人が、突然ものすごい勢いで走り回り、おやおや、この2人、瞬く間に青団選手の大部分をセンターサークル付近の一か所にまとめてしまい、青団選手は集団で金縛りです。これは一体、どういうことでしょうか?」
「そうですねえ。青団はセンターサークル付近に集団で固まってしまいましたねぇ。はぁ~、私にもさっぱり…、だけど青団のセンターバックの1人だけは、金縛りの集団から離れていますねぇ」
「そうですね。青団のディフェンダーの一人と、もちろんあと、キーパーは金縛り集団から自由です」
「しかし一方赤団は、フォワードとセカンドトップと、そしてミッドフィルダーの4人と、おやおやセンターバックの2人までの合計8人で軽快にパスを回しながら、豪快に攻撃を開始しましたねえ」
「そうですね。それに対し青団で金縛りになっていないのは、ええと、センターバックの1人と、キーパー1人の合計2人。つまりたった2人だけの防御ですか…」
「う~ん、これじゃ、多勢に無勢ですな」
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