御影石の住宅
文字数 1,836文字
彼は老後を過ごす為の手頃な住宅を探していた。退職金と年金があり、ちょっとした家くらいを買うことが出来たのだ。そんなある日、彼はひなびた海岸線の、ゆるやかな斜面に数軒の分譲住宅が立ち並ぶ、小さな団地を見付けた。
きれいなリアス式海岸。
海からの潮風が心地よい。
夜は潮騒を聞きながら眠りにつく。
そしてまぶしい朝日と潮の香に目覚める。
昼間は海に面した明るいテラスで、ゆっくりと読書を楽しむ。
そして夜は、そのテラスから美しい星空を…
そんな彼のイメージはどんどん膨らんでいった。そしてすっかり気に入った彼は、「分譲中」というのぼりを見つけると、早速その団地を見ることにした。
「いらっしゃいませ。住宅をお探しですか?」
彼の予想に反し何となく、いや、とても陰気な感じの浅黒い痩せた男が出てきた。
「ちょうど一軒だけ残っているんですよ」
それから男が指し示したのは、灰色の御影石で出来た、小ぶりな平屋建てだった。何百年も使えそうな、とてもがっしりとした造り。
門から入ると玄関口まで御影石が敷きつめてあった。それは西洋風ではなく、純日本風の造りで、庭には石燈籠もあった。
それから男に案内され、彼は家の中へ入った。
そこには大きなリビングのような、がらんとした部屋が一つきり。あとは最小限のバス、トイレ、そして台所があるだけ。しかも内装は壁も床も天井も、すべて御影石で出来ていた。
それは有り得ないような殺風景な部屋で、しかも窓が一つも無かった。
「この辺りは海岸沿いで風が強いのです。台風もよく上陸するところなので、こういう石造りの家は丈夫でいいですよ。特に窓がないから台風の日も安心です」
「窓がない? でも僕は、窓から海が見たいんですよ。それにテラスもないのですよね」
「そういうものは一切御座いません」
「一切ない? だけど窓もテラスもないんじゃねえ。ところで、この家は平屋建てなんでしょう。寝室はどこにあるんですか?」
「実は…、この家には地下室があるのです。ここから入ります」
そう言うと男は、リビングにある御影石で出来た、とても重そうなテーブルを、見掛けによらぬ怪力で動かした。すると、「ゴーッ」という無気味な音がして、そして小さくて急な階段が出てきた。そして男は階段を下り、彼も後に続いた。
階段を下ると、確かにそこには「寝室」があった。壁はやはり御影石で出来ていて、その壁際に、作り付けのベッドがあったのだ。やはり御影石で出来ていて、周りは数本のろうそくが灯っていた。
「こんな所で寝るんですか?」
「御影石の、ひんやりとした感じがいいでしょう」
ろうそくに照らされた男の顔は無気味に微笑んでいた。
「何だか無気味だなあ。寝室というより、これじゃ石室じゃないですか! それに地下じゃ海の音は聞けないし…」
「しかしここはとても静かな所です。安らかに眠るには最適な場所です」
「やや、安らかに…、眠る?」
それから彼は、しばらく寝室の様子を見回したが、やはりこの寝室は彼のイメージとはかけ離れていた。
海からの潮風も、潮騒も、まぶしい朝日と潮の香も、海に面した明るいテラスでの読書も、そしてテラスからの美しい星空も何もあったものじゃない。
それで彼はさっさと急な階段を上り、御影石の「リビング」を出て、そして明るい外へ出た。男も彼の後に続いた。
ともかく彼は、外の空気が吸いたい気分だったのだ。
「やっはり僕は大きな窓のある、明るい感じの家が欲しいんです。せっかくきれいな海岸沿いにあるんだから、テラスなんかもあって、寝室のベッドの脇にも大きな窓があって、窓を開けると潮の香が…」
「そうですかねえ。窓も、海の見える寝室も、テラスも、いずれはいらなくなるでしょう?」
「どうしてですか?」
「実は、この分譲住宅は老後をのんびり暮らしたいという方々のために、特別に建てたものなのですが…」
男はにやりと笑って続けた。
「実はこの家は、あなたが生きていらっしゃる間は、もちろん通常の住宅として十分に使う事が出来ます。しかもあなたがお亡くなりになった後は、そのままお墓として御利用頂けるのです。そしてその折には、大きな窓もテラスもいらないでしょう」
男は無気味に笑いながら続けた。
「実は、ここに住んでいらっしゃる方々も、大方は既にお亡くなりになり、現在はお墓として使っておられましてね。いひひひひひ」
きれいなリアス式海岸。
海からの潮風が心地よい。
夜は潮騒を聞きながら眠りにつく。
そしてまぶしい朝日と潮の香に目覚める。
昼間は海に面した明るいテラスで、ゆっくりと読書を楽しむ。
そして夜は、そのテラスから美しい星空を…
そんな彼のイメージはどんどん膨らんでいった。そしてすっかり気に入った彼は、「分譲中」というのぼりを見つけると、早速その団地を見ることにした。
「いらっしゃいませ。住宅をお探しですか?」
彼の予想に反し何となく、いや、とても陰気な感じの浅黒い痩せた男が出てきた。
「ちょうど一軒だけ残っているんですよ」
それから男が指し示したのは、灰色の御影石で出来た、小ぶりな平屋建てだった。何百年も使えそうな、とてもがっしりとした造り。
門から入ると玄関口まで御影石が敷きつめてあった。それは西洋風ではなく、純日本風の造りで、庭には石燈籠もあった。
それから男に案内され、彼は家の中へ入った。
そこには大きなリビングのような、がらんとした部屋が一つきり。あとは最小限のバス、トイレ、そして台所があるだけ。しかも内装は壁も床も天井も、すべて御影石で出来ていた。
それは有り得ないような殺風景な部屋で、しかも窓が一つも無かった。
「この辺りは海岸沿いで風が強いのです。台風もよく上陸するところなので、こういう石造りの家は丈夫でいいですよ。特に窓がないから台風の日も安心です」
「窓がない? でも僕は、窓から海が見たいんですよ。それにテラスもないのですよね」
「そういうものは一切御座いません」
「一切ない? だけど窓もテラスもないんじゃねえ。ところで、この家は平屋建てなんでしょう。寝室はどこにあるんですか?」
「実は…、この家には地下室があるのです。ここから入ります」
そう言うと男は、リビングにある御影石で出来た、とても重そうなテーブルを、見掛けによらぬ怪力で動かした。すると、「ゴーッ」という無気味な音がして、そして小さくて急な階段が出てきた。そして男は階段を下り、彼も後に続いた。
階段を下ると、確かにそこには「寝室」があった。壁はやはり御影石で出来ていて、その壁際に、作り付けのベッドがあったのだ。やはり御影石で出来ていて、周りは数本のろうそくが灯っていた。
「こんな所で寝るんですか?」
「御影石の、ひんやりとした感じがいいでしょう」
ろうそくに照らされた男の顔は無気味に微笑んでいた。
「何だか無気味だなあ。寝室というより、これじゃ石室じゃないですか! それに地下じゃ海の音は聞けないし…」
「しかしここはとても静かな所です。安らかに眠るには最適な場所です」
「やや、安らかに…、眠る?」
それから彼は、しばらく寝室の様子を見回したが、やはりこの寝室は彼のイメージとはかけ離れていた。
海からの潮風も、潮騒も、まぶしい朝日と潮の香も、海に面した明るいテラスでの読書も、そしてテラスからの美しい星空も何もあったものじゃない。
それで彼はさっさと急な階段を上り、御影石の「リビング」を出て、そして明るい外へ出た。男も彼の後に続いた。
ともかく彼は、外の空気が吸いたい気分だったのだ。
「やっはり僕は大きな窓のある、明るい感じの家が欲しいんです。せっかくきれいな海岸沿いにあるんだから、テラスなんかもあって、寝室のベッドの脇にも大きな窓があって、窓を開けると潮の香が…」
「そうですかねえ。窓も、海の見える寝室も、テラスも、いずれはいらなくなるでしょう?」
「どうしてですか?」
「実は、この分譲住宅は老後をのんびり暮らしたいという方々のために、特別に建てたものなのですが…」
男はにやりと笑って続けた。
「実はこの家は、あなたが生きていらっしゃる間は、もちろん通常の住宅として十分に使う事が出来ます。しかもあなたがお亡くなりになった後は、そのままお墓として御利用頂けるのです。そしてその折には、大きな窓もテラスもいらないでしょう」
男は無気味に笑いながら続けた。
「実は、ここに住んでいらっしゃる方々も、大方は既にお亡くなりになり、現在はお墓として使っておられましてね。いひひひひひ」