人類初! 木星着陸

文字数 3,433文字

 完全民営化された那須田宇宙航空株式会社のロケット基地より、人類初の画期的なロケットが発射された。木星への有人飛行を目指すものである。
 それで、無事にロケットが発射し、それから順調に木星への軌道に向かった…、というところからこの話は始まる。
 なんせ短編小説なので発射までの長~~~いエピソードとかは、ばっさりとカットさせていただくことにする。
 それと、発射されたのはロケットなのだけど、ここからは勝手ながらSFっぽく「宇宙船」と呼ばせてもらう。その方がロマンチック。

 さて、その宇宙船に搭乗しているのは、彼一人だけだった。それは那須田宇宙航空株式会社の経営状態と全く関係がない訳ではない。
 消費税も上がったし…ともあれ、これから二年余りの長~い宇宙旅行が始まるのである。
 実は那須田宇宙航空株式会社の社長は、彼が長旅で退屈しないようにと、くだらない小説や、ゲーム(インベーダーゲーム)も宇宙船に持ち込むことを許可したものの、その程度の代物で二年余りもの長旅を過ごせる筈もない。
 ああ、それから那須田宇宙航空株式会社の社長は、彼が宇宙船の中でテレビも見れるように取り計らってくれたようだった。
 ただし見れるのは、極端にワイドショーなんかが得意な某局の、一局のみだった。
 その理由は定かではない。
 しかし、いくばくかのお金が絡んでいたのは間違いなかろう。

 さて、小説とゲームと一局しか映らないテレビで二年余りも過ごせる筈も無いと、予め予測していた彼は、密かに宇宙船に日本刀を持ち込んだ。
 彼の趣味は殺陣だったのだ。
 殺陣とは「たて」と読む。決して「さつじん」とは呼ばない。
 時代劇なんかで「チャンバラ」をやるが、あれが殺陣である。
 そういう訳で、彼は暇な二年余りを過ごす為、宇宙船の中でくだらない小説を読み、ゲームをやり、某局のワイドショーを見たり、もちろんその某局は時代劇もやっていたので、それを見ながら彼は日本刀を振り回し、殺陣を楽しんだりもしたのであった。

 それからしばらくすると火星に接近したので、彼は火星を眺めて楽しんだ。
 火星人っているのかなぁ♪ なんて考えながら彼はしばらくの時を過ごしたのだ。
 そうこうするうちに小惑星帯に到達した。
 小惑星帯というのは火星と木星の軌道の間にある、無数の小さな惑星、というか岩石みたいなものがうようよと浮かんでいる場所だ。
 何でそういうものがあるのかというと、木星の引力による潮汐力で、惑星が破壊されるからなのであるが、そういう天体物理学的な考察はこの際、ばっさりと省略させてもらう。
 ともあれ宇宙船が小惑星帯を通過するに際し、彼は手動で宇宙船を操作し、小惑星を避ける必要があった。
 というのは、那須田宇宙航空株式会社の本社にあるコンピュータには小さな、つまり岩石レベルの小惑星の軌道まで、いちいちいちいち入力されていなかったからだ。
 だけどインベーダーゲームで鍛えた彼の能力は、このときに発揮された。
 彼の乗った宇宙船に次々と迫って来る小惑星、というか岩石を見事なスティック、いや、操縦桿さばきで避けていったのである。

 そして、小惑星帯を抜けると、あとは木星を目指すのみである。
 その頃になると、この「人類初の木星着陸」がマスコミの間でも大いに話題になった。世界的なセンセーションを巻き起こし始めたのである。
 もちろんそのことは、テレビ、ラジオ、新聞、インターネット、とにかくいろんなメディアで伝えられた。
 そして地球では「木星ブーム」も巻き起こり、望遠鏡の事など全く理解していないド素人が…、ともあれ、天体望遠鏡は飛ぶように売れたらしい。
 まあそういうことなどどうでもよい。
 ところが、例によって彼の乗った宇宙船の中で唯一見れるのは、例のワイドショーなんかが得意な某局のみだった。
 ネットは? 
 でも地球から何億キロも離れているから電波が届かない(らしい)。だから届くのは那須田宇宙航空株式会社の建物の屋上にある、電電公社から払下げてもらった大型のパラボラアンテナからの電波のみだったのだ。
 それで彼が得ることの出来る地球からの情報は、那須田宇宙航空株式会社からのどうでもいい定期的な連絡事項以外は、例のワイドショーなんかが得意な某局の放送のみだった。
 もちろんこの放送局でも木星着陸の話題を取り上げたのだが、実はこの放送局はワイドショーが得意なだけあって、宇宙船や木星に関する科学的な解説なんかは一切なく、放送のほとんどは彼個人に関するえげつないゴシップを、低俗な芸人やレポーターがわめきちらすだったのだ。
 例えば彼が小学校一年生のときに授業中にうんちを漏らしたとか、中学一年生の一学期の中間試験で、それは国語の試験中だったらしいのだが、その試験の最中にとてもとても大きなおならが出て、それがあまりにも大きな音だったので、彼のクラスのみならず両側の合わせて三クラスの生徒がしばらく爆笑し、それで試験にならず、そのことに対して父兄から学校へ苦情が殺到したこととか、はたまたそのゴシップは彼に留まらず、たとえば彼の妹が毎日学校の帰りに田んぼのあぜ道でおしっこをしていたとか、とにかくもう「宇宙飛行士」であるという、彼の輝かしい業績を全くリスペクトすることのない、それはそれはたちの悪い…、そしてとにかくもう恥ずかしくてここでは書けないような、彼の私生活に関するゴシップを連日、それこそ洪水のように垂れ流し続けたのである。

 何故にそのようなことをしたのか? 
 それは「ゴシップを流しさえすれば高視聴率が取れる」と、番組のディレクターが本気で思っていたのが原因のようだが、真相は謎である。
 そしてもちろん、その低俗な番組を見た(それ以外に見れる番組がない!)彼は自分のゴシップを聞き、私生活を暴かれたことに怒り、その怒りにうち震え、その憂さ晴らしに、日本刀をびゅんびゅんと振り回していたのだった。

 さて、いよいよ宇宙船は木星に接近した。
 もちろんテレビ各局の報道も過熱した。
 某局以外の、多少はまっとうな局では、「宇宙評論家」と称する人物が引っ張りだこになっていたし、コマーシャルでは、通信販売の天体望遠鏡が紹介され、「今なら超高倍率の接眼レンズ三個に、何とバーローレンズ三個までお付けして、脅威の750倍でそれが二九九〇円の、三回払い!」なんて商売をおっぱじめ、挙句には、「この望遠鏡の超高倍率なら、木星に接近する宇宙船が見えるかもですよ~♪」などと嘘八百を並べ立てていたのだ。
 しかしここへきて、件のワイドショーのディレクターは、ある画期的な放送を企画した。
 それは「現地」からの生中継である!
 そこでスタッフらは早速「現地」へと赴いた。
 そしてその「現地」では、彼の乗った宇宙船は、まさに木星への着陸態勢に入ろうとしていた。
 それと同時にその某局の、いつも彼のゴシップを暴露していたワイドショーのレポーターは、背広姿で「現地」から実況を始めた。
 そしてその傍らには、数台のテレビカメラとスタッフと中継車が…
「私たちは今、地球から6億キロ離れたここ木星から、実況生中継を行っています。そして今、私のいる場所から、降下してくる宇宙船をはっきりと見ることが出来ます。逆噴射しながらゆっくりと、ゆっくりと降りてきています」
 確かにそのレポーターが実況するように、彼の乗った宇宙船はゆっくりと降下し、やがて木星の表面にふわりと着地した。
「今、着地しました! これは人類史上初の快挙です。たった今、彼の乗った宇宙船はしっかりと、この木星の地表に降り立ったのです!」
 それから宇宙船のハッチが開き、案の定彼は怒りに打ち震えながら、宇宙服姿で宇宙船の梯子を降りてきた。
 それでレポーターはすかさずマイクを…
「それでは早速ぅ、え~、彼にインタビューをしたいと思います。え~、こんにちは。え~とぉ~、それでは、え~、人類初! 人類初! 人類初! 人間として最初に、最初の人間として、え~、この木星に降り立ったご感想を一言。それにしても、あ~、感慨もひとしおでしょう♪」
「感慨? ええいやかましい! この野郎、これまで人の私生活をさんざんテレビで暴きやがって! で、人類初だと? 最初の人間? ふざけるな! だったらおめえら、一体何者だ!」 
 それから彼は隠し持っていた日本刀を振りかざし、叫んだ。
「てめえら人間じゃねえ。叩き斬ってやる!」
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