画期的なサッカー必勝法
文字数 4,837文字
昔あるところに、いや、昔といっても江戸時代とかそんな大層な昔ではない。
せいぜい今世紀初頭。ぶっちゃけ2002年あたりだ。
その昔あるところに、うだつの上がらない相撲部屋があった。
出世頭でも三段目止まり。幕下・十両なんて夢のまた夢。
そんな情けない部屋であった。
そしてその年、サッカーのテレビ中継が大層多かった。
その夜、場所中でもなく、親方はちゃんこを食べ、ゆっくりとくつろいでいた。
そして何気なくテレビをつけるとサッカーの試合を中継していた。
サッカーについては全く無知な親方ではあったが、サッカーのルールは見ている間にだんだんと分かってきた。
皆さんも御存知のように、とにかく手を使わずにボールを相手方のあの鉄の枠組みに網をかけてある、そして手前には網がない、なんというか、あ~、出来損ないの鳥かごのような物の中にころころとボールが入れば、その途端、実況のアナウンサーが、
「ゴ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ル」と絶叫し、一点が入る。
そして四十五分の取り組みを二度やり、たくさん点の入った方の部屋、じゃない、チームが勝つ。
そういう決まりだということは、親方にもおぼろげに理解できたのだ。
そして親方は考えた。
〈…なるほど手を使わずにやるんじゃな。しかし足と腹と胸と頭は使ってもよい。そして皆で協力し合い、相手方の鳥かごのような物の中にボールを運ぶ。もちろん途中で相手方の力士、いやいや、選手がいろいろと妨害をし、あるいはボールを奪ってしまうかも知れない。しかし皆で協力し、とにかく相手方の鳥かごまでボールを運べば一点が入る。とにかく、たとえ相手方に邪魔をされても、ボールを奪われんければよいのじゃ…〉
それから親方はおもむろに、テレビの画面を見ながら選手の数をひいふうみいと数え始めた。
すると笛を持った行司のような役目の人間を除くと一部屋、いや、一チーム十一だという事が分かった。
親方はさらに考えた。
〈ちょうど良いではないか。わしの部屋の力士は偶然にも、ちょうど十一人じゃ。ならばわしの部屋で一チーム作れる〉
力士でサッカーチームを作って何する気か!
と言いたいところだが、とにかく十一人だった。親方はさらに考えた。
〈そしてみんなで協力する。手は使っちゃだめ。でもほかは良い。とりわけ腹…〉
暇つぶしにいらぬ事を考えていた親方だったが、その時、親方にあるすばらしいアイディアが浮かんだのだった。
名付けて「サッカー必勝原理!」
翌日から相撲の練習は中止。十一人全員の力士たちはサッカーの練習を始めた。
全員屋外のサッカー場で?
いやいや、土俵の上で十分だった。
何はともあれ、土俵の上で極秘のサッカー練習を始めたのだ。
しかし極秘だったので部外者が見学に来たときはただちに中止し、相撲の稽古に切り替えた。
そして見学者がいなくなればすぐにサッカーの練習。
もちろん普通のサッカー練習の訳がない。
力士がサッカーをやってもしょうがない。
いやいや、そういえばやっていた奴がモンゴルあたりにいた。
まあいい。
とにかく極秘のサッカー練習だ。練習は連日深夜に及んだ。
そして何と数日で、その「必勝原理」は十分に実行可能なレベルに達した。
うだつがあがらないとは言え、痩せても枯れても(いや、全員太っていた)力士だぞ!
前にも言ったように、親方の部屋は大層うだつがあがらなかった。
ところがどういう訳か、親方自身は大層根回しが上手かった。
しかも親方は、日本サッカー界の大御所の某氏とは大層仲が良かった。
その理由は定かではないが、とにかく、つーかーだったのだ。
しかも、その某氏は、親方には決して「ノー」といえないような人間関係になっていた。
この理由は謎である。
あるいは親方がその大御所の某氏の弱みを握っていたのか?
ともあれその日、親方はその某氏に電話をした。
「あ~、いよいよ決勝トーナメントだね」
「ええ、おかげさまで決勝トーナメント進出をはたしましたよ!」
「結構結構。それでじゃ、実は名案があるのじゃ。この名案を実行すればワールドカップの優勝間違い無しじゃ」
「名案?」
「そうじゃ。ブラジルじゃろうがドイツじゃろうが、とにかく向かうところ敵無しじゃ!」
「ほう、そりゃまたどうして?」
「名づけて、サッカー必勝原理!」
「何ですかそれは?」
「とにかく、選手は全員わしが確保したから、今度のトルコ戦はその選手で戦うことになる」
「選手総入れ替えですかぁ?」
「そうじゃ」
「いまさら不可能ですよぉ」
「その心配なら無用じゃ。わしが何とかする!」
「そりゃまあ親方は根回しの達人と言われたお人だから…」
「とにかく心配無用。根回しならわしに任せておけ。ともあれワールドカップ優勝間違い無しじゃ。そうじゃ! すぐにうちに来んかね。早速、優勝の前祝いじゃ。わっはっはっ!」
そして決勝トーナメントのトルコ戦。
ピッチには、はちきれんばかりの日本代表のユニフォームを着た十一人の肥満体の大男たちが並んでいた。
親方の根回しは一応成功したようだった。
そんなに根回しが上手けりゃ、自分の相撲部屋を何とかせい! と言いたいけれど、まあよい。
いよいよキックオフ!
いや、その前にいろんなセレモニーなんかがあったけれど、なんせ「本職」が相撲なものだから、彼らはピッチのあちこちで「しこ」なんかを踏んでウォーミングアップをやっていた。
とにかく思い切り場違いだった。
そのへんの話はさておき…
いよいよキックオフ!
と、突然、彼らは自分たちのゴール目指し、横一列になり一目散に走り出した。
で、とりわけ「横一列」というのには深い訳があった。
実は、例の日本サッカー界の大御所の某氏が親方の部屋に前祝いに来たとき、ちゃんこの残りを肴に酒を飲みながら、いろいろと入れ知恵をしたのだ。
とりわけ「オフサイド」について…
ともあれ彼らは横一列になり、自軍のゴール目指し、一目散に走り始めたのだ。
そして彼らは相撲取りとしてはうだつが上がらない連中であったが、運動神経は結構良かったし結構足も速かった。(本当だってば!)
そういう訳で、いきなりボールを捕らえ、ドリブルしながら走るトルコの選手と、致命的な程の速度差はなかった。
いや、なかなかどうして、相撲取りも結構足が速かったのだ。
もちろんボールを持っていない、トルコチームのフォワードは、たちまち横一列の彼らを追い越し、ゴール近くまで走ったが、その選手にパスを出してはいけないのだ!
そんなことをしたら「オフサイド」になるからだ!
実は、これこそが例の日本サッカー界の大御所の某氏の入れ知恵だったのだ。
それで、例のボールを持った選手は、パスを出せないので、例の「横一列」と「サイドバイサイド」くらいの位置でドリブルをしながら「どうしたものか」と、トルコ語で思案しているうちに、あれよあれよと言う間に、例の「横一列」は幅七メートルと二三センチあるゴールポストの間の空間を、完全に塞いでしまったのだった。
同じ十一人でも力士の横幅だから可能なことだ。
ただこうなるとフォアードにパスを出せる。
でもゴールは完全に塞がっている。
いや隙間があった。力士たちの頭とゴールのクロスバーとの間に…
だけどそれは意外と僅かな空間だった。彼らは横幅も広いが、意外と、いや、かなり背が高かったのだ。
はっきり言って、二メートル近かったのだ。
クロスバーは高さ二メートルと四十四センチ。
つまり四十四センチの隙間だった。
さてさて。それから、トルコのフォワードは一瞬その隙間に視線をやると、その空間めがけ、鋭いシュートを放った。
でも、力士たちは意外とジャンプ力もあった。
繰り返すが、相撲取りは実は運動神経が良かったりするのだ。
すなわち、彼らは絶妙なタイミングでジャンプをしたのだ。
それで、一人が顔面にシュートを受け、鼻血を出すはめになったものの、ゴールは阻止されたのであった。
ところで、プロサッカー選手のシュートを顔面に受けたら?
でも、痩せても枯れても力士!
そんなにヤワではない。
それに相撲にだって「張り手」がある!
だけどこれが「サッカー必勝原理」の全てではない。
続きがあるのだ。
親方がちゃんこを食べてくつろいで、テレビのサッカー中継を見ながら閃いた、例のアイディアは、実はここから先だ。
さて、トルコのフォワードの強烈なシュートを顔面で受けた後、ボールはぽとりと地面に落ちた。
そのボールを素早くキーパー役の力士が拾った。
さあ、ゴールキックだ。
でも次の瞬間、横一列だった力士たちはキーパーの前に集まった。
そしてキーパーはボールを蹴るのではなく、前に軽くトスした。
すると、ワンバウンドしたボールに向かい、二人の力士が駆け込んできた。
そしてこれまた絶妙のタイミングでそれぞれのお腹を使って、サンドイッチのようにボールを挟み込んでしまったのだ。
実はこれこそが、彼らが土俵で連日深夜まで練習していたことだったのである。
そして何とその直後、残りのキーパー以外の力士らは、この二人を取り囲み、「おしくらまんじゅう」状態になったのだ。
中心はボール!
さて、トルコの選手たちが呆気に取られるなか、その「おしくらまんじゅう」は、(以後「まんじゅう」と略)ゆっくりとゆっくりと動き始めた。
しばらくの間、トルコの選手たちも呆気に取られて傍観していたが、その「まんじゅう」がセンターサークルの付近に達したとき、彼らにも事情が理解出来たようで、レフェリーに何かを訴えようとする選手や、「まんじゅう」を止めるべく力士たちに近づく選手も現れた。
同時にレフェリーたちも困惑した表情を見せるものの、その「まんじゅう」に対し、はっきりとしたルール違反を指摘できず、これまた傍観するしかなかった。
そしてとうとう「まんじゅう」はトルコ陣営のペナルティーエリアに近づいた。
このままでは「まんじゅう」は「ゴール」してしまう!!
そのことを確信した数人のトルコの選手が「まんじゅう」を押し戻そうと力士たちの背中やら腹やらを押そうとした。しかし他のトルコ選手がトルコ語でこれを止めさせた。
実はこれは「プッシング」というれっきとした反則行為で、直接フリーキックの対象なのである。
しかも考えてみると、いかなる行為もこの「まんじゅう」の前進を阻むことは出来ないということが分かる。
それらは「ジャンピングアウト」「トリッピング」「ファウルチャージ」「ホールディング」といった、まあ名称はさておき、いずれにしても直接フリーキックとなる反則なのである。
だからトルコの選手たちは「まんじゅう」の前進を指をくわえて見るほかなかったのだ。
もちろんレフェリーも呆然と立ち尽くすのみだった。
さてさて。
前進している「まんじゅう」はそのままゴールになだれ込み、それから力士たちは蜘蛛の子を散らすように散らばった。
ゴール内にボールがポトリと落ちた。
そして実況のアナウンサーの声
「ごごご、ゴール…、ですかね?」
試合はその後、数人がシュートを顔面に受け、鼻血を出した。
(ちなみに彼らのちょんまげも意外と役に立った)
もちろん、ちょんまげとクロスバーの僅かな間を通過した事も数回。
さすがプロだ。
それでも彼らは僅差で逃げ切った。
とにかく彼ら「力士軍」は決勝トーナメントで勝利したのである。
それからはもう破竹の勢いだった。
ちなみに決勝戦ではブラジルチームの選手も自軍のゴールを「横一列」で塞ぎ、「まんじゅう」の「ゴール」を阻止しようとしたが、相撲取り相手にそんな作戦が通用する筈もなかった。
まあとにかく! 十一人のうだつのあがらない力士たちは「ヒーロー」になったのである。
それはサッカーの新しい時代の幕開けでもあった。
どすこい!
せいぜい今世紀初頭。ぶっちゃけ2002年あたりだ。
その昔あるところに、うだつの上がらない相撲部屋があった。
出世頭でも三段目止まり。幕下・十両なんて夢のまた夢。
そんな情けない部屋であった。
そしてその年、サッカーのテレビ中継が大層多かった。
その夜、場所中でもなく、親方はちゃんこを食べ、ゆっくりとくつろいでいた。
そして何気なくテレビをつけるとサッカーの試合を中継していた。
サッカーについては全く無知な親方ではあったが、サッカーのルールは見ている間にだんだんと分かってきた。
皆さんも御存知のように、とにかく手を使わずにボールを相手方のあの鉄の枠組みに網をかけてある、そして手前には網がない、なんというか、あ~、出来損ないの鳥かごのような物の中にころころとボールが入れば、その途端、実況のアナウンサーが、
「ゴ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ル」と絶叫し、一点が入る。
そして四十五分の取り組みを二度やり、たくさん点の入った方の部屋、じゃない、チームが勝つ。
そういう決まりだということは、親方にもおぼろげに理解できたのだ。
そして親方は考えた。
〈…なるほど手を使わずにやるんじゃな。しかし足と腹と胸と頭は使ってもよい。そして皆で協力し合い、相手方の鳥かごのような物の中にボールを運ぶ。もちろん途中で相手方の力士、いやいや、選手がいろいろと妨害をし、あるいはボールを奪ってしまうかも知れない。しかし皆で協力し、とにかく相手方の鳥かごまでボールを運べば一点が入る。とにかく、たとえ相手方に邪魔をされても、ボールを奪われんければよいのじゃ…〉
それから親方はおもむろに、テレビの画面を見ながら選手の数をひいふうみいと数え始めた。
すると笛を持った行司のような役目の人間を除くと一部屋、いや、一チーム十一だという事が分かった。
親方はさらに考えた。
〈ちょうど良いではないか。わしの部屋の力士は偶然にも、ちょうど十一人じゃ。ならばわしの部屋で一チーム作れる〉
力士でサッカーチームを作って何する気か!
と言いたいところだが、とにかく十一人だった。親方はさらに考えた。
〈そしてみんなで協力する。手は使っちゃだめ。でもほかは良い。とりわけ腹…〉
暇つぶしにいらぬ事を考えていた親方だったが、その時、親方にあるすばらしいアイディアが浮かんだのだった。
名付けて「サッカー必勝原理!」
翌日から相撲の練習は中止。十一人全員の力士たちはサッカーの練習を始めた。
全員屋外のサッカー場で?
いやいや、土俵の上で十分だった。
何はともあれ、土俵の上で極秘のサッカー練習を始めたのだ。
しかし極秘だったので部外者が見学に来たときはただちに中止し、相撲の稽古に切り替えた。
そして見学者がいなくなればすぐにサッカーの練習。
もちろん普通のサッカー練習の訳がない。
力士がサッカーをやってもしょうがない。
いやいや、そういえばやっていた奴がモンゴルあたりにいた。
まあいい。
とにかく極秘のサッカー練習だ。練習は連日深夜に及んだ。
そして何と数日で、その「必勝原理」は十分に実行可能なレベルに達した。
うだつがあがらないとは言え、痩せても枯れても(いや、全員太っていた)力士だぞ!
前にも言ったように、親方の部屋は大層うだつがあがらなかった。
ところがどういう訳か、親方自身は大層根回しが上手かった。
しかも親方は、日本サッカー界の大御所の某氏とは大層仲が良かった。
その理由は定かではないが、とにかく、つーかーだったのだ。
しかも、その某氏は、親方には決して「ノー」といえないような人間関係になっていた。
この理由は謎である。
あるいは親方がその大御所の某氏の弱みを握っていたのか?
ともあれその日、親方はその某氏に電話をした。
「あ~、いよいよ決勝トーナメントだね」
「ええ、おかげさまで決勝トーナメント進出をはたしましたよ!」
「結構結構。それでじゃ、実は名案があるのじゃ。この名案を実行すればワールドカップの優勝間違い無しじゃ」
「名案?」
「そうじゃ。ブラジルじゃろうがドイツじゃろうが、とにかく向かうところ敵無しじゃ!」
「ほう、そりゃまたどうして?」
「名づけて、サッカー必勝原理!」
「何ですかそれは?」
「とにかく、選手は全員わしが確保したから、今度のトルコ戦はその選手で戦うことになる」
「選手総入れ替えですかぁ?」
「そうじゃ」
「いまさら不可能ですよぉ」
「その心配なら無用じゃ。わしが何とかする!」
「そりゃまあ親方は根回しの達人と言われたお人だから…」
「とにかく心配無用。根回しならわしに任せておけ。ともあれワールドカップ優勝間違い無しじゃ。そうじゃ! すぐにうちに来んかね。早速、優勝の前祝いじゃ。わっはっはっ!」
そして決勝トーナメントのトルコ戦。
ピッチには、はちきれんばかりの日本代表のユニフォームを着た十一人の肥満体の大男たちが並んでいた。
親方の根回しは一応成功したようだった。
そんなに根回しが上手けりゃ、自分の相撲部屋を何とかせい! と言いたいけれど、まあよい。
いよいよキックオフ!
いや、その前にいろんなセレモニーなんかがあったけれど、なんせ「本職」が相撲なものだから、彼らはピッチのあちこちで「しこ」なんかを踏んでウォーミングアップをやっていた。
とにかく思い切り場違いだった。
そのへんの話はさておき…
いよいよキックオフ!
と、突然、彼らは自分たちのゴール目指し、横一列になり一目散に走り出した。
で、とりわけ「横一列」というのには深い訳があった。
実は、例の日本サッカー界の大御所の某氏が親方の部屋に前祝いに来たとき、ちゃんこの残りを肴に酒を飲みながら、いろいろと入れ知恵をしたのだ。
とりわけ「オフサイド」について…
ともあれ彼らは横一列になり、自軍のゴール目指し、一目散に走り始めたのだ。
そして彼らは相撲取りとしてはうだつが上がらない連中であったが、運動神経は結構良かったし結構足も速かった。(本当だってば!)
そういう訳で、いきなりボールを捕らえ、ドリブルしながら走るトルコの選手と、致命的な程の速度差はなかった。
いや、なかなかどうして、相撲取りも結構足が速かったのだ。
もちろんボールを持っていない、トルコチームのフォワードは、たちまち横一列の彼らを追い越し、ゴール近くまで走ったが、その選手にパスを出してはいけないのだ!
そんなことをしたら「オフサイド」になるからだ!
実は、これこそが例の日本サッカー界の大御所の某氏の入れ知恵だったのだ。
それで、例のボールを持った選手は、パスを出せないので、例の「横一列」と「サイドバイサイド」くらいの位置でドリブルをしながら「どうしたものか」と、トルコ語で思案しているうちに、あれよあれよと言う間に、例の「横一列」は幅七メートルと二三センチあるゴールポストの間の空間を、完全に塞いでしまったのだった。
同じ十一人でも力士の横幅だから可能なことだ。
ただこうなるとフォアードにパスを出せる。
でもゴールは完全に塞がっている。
いや隙間があった。力士たちの頭とゴールのクロスバーとの間に…
だけどそれは意外と僅かな空間だった。彼らは横幅も広いが、意外と、いや、かなり背が高かったのだ。
はっきり言って、二メートル近かったのだ。
クロスバーは高さ二メートルと四十四センチ。
つまり四十四センチの隙間だった。
さてさて。それから、トルコのフォワードは一瞬その隙間に視線をやると、その空間めがけ、鋭いシュートを放った。
でも、力士たちは意外とジャンプ力もあった。
繰り返すが、相撲取りは実は運動神経が良かったりするのだ。
すなわち、彼らは絶妙なタイミングでジャンプをしたのだ。
それで、一人が顔面にシュートを受け、鼻血を出すはめになったものの、ゴールは阻止されたのであった。
ところで、プロサッカー選手のシュートを顔面に受けたら?
でも、痩せても枯れても力士!
そんなにヤワではない。
それに相撲にだって「張り手」がある!
だけどこれが「サッカー必勝原理」の全てではない。
続きがあるのだ。
親方がちゃんこを食べてくつろいで、テレビのサッカー中継を見ながら閃いた、例のアイディアは、実はここから先だ。
さて、トルコのフォワードの強烈なシュートを顔面で受けた後、ボールはぽとりと地面に落ちた。
そのボールを素早くキーパー役の力士が拾った。
さあ、ゴールキックだ。
でも次の瞬間、横一列だった力士たちはキーパーの前に集まった。
そしてキーパーはボールを蹴るのではなく、前に軽くトスした。
すると、ワンバウンドしたボールに向かい、二人の力士が駆け込んできた。
そしてこれまた絶妙のタイミングでそれぞれのお腹を使って、サンドイッチのようにボールを挟み込んでしまったのだ。
実はこれこそが、彼らが土俵で連日深夜まで練習していたことだったのである。
そして何とその直後、残りのキーパー以外の力士らは、この二人を取り囲み、「おしくらまんじゅう」状態になったのだ。
中心はボール!
さて、トルコの選手たちが呆気に取られるなか、その「おしくらまんじゅう」は、(以後「まんじゅう」と略)ゆっくりとゆっくりと動き始めた。
しばらくの間、トルコの選手たちも呆気に取られて傍観していたが、その「まんじゅう」がセンターサークルの付近に達したとき、彼らにも事情が理解出来たようで、レフェリーに何かを訴えようとする選手や、「まんじゅう」を止めるべく力士たちに近づく選手も現れた。
同時にレフェリーたちも困惑した表情を見せるものの、その「まんじゅう」に対し、はっきりとしたルール違反を指摘できず、これまた傍観するしかなかった。
そしてとうとう「まんじゅう」はトルコ陣営のペナルティーエリアに近づいた。
このままでは「まんじゅう」は「ゴール」してしまう!!
そのことを確信した数人のトルコの選手が「まんじゅう」を押し戻そうと力士たちの背中やら腹やらを押そうとした。しかし他のトルコ選手がトルコ語でこれを止めさせた。
実はこれは「プッシング」というれっきとした反則行為で、直接フリーキックの対象なのである。
しかも考えてみると、いかなる行為もこの「まんじゅう」の前進を阻むことは出来ないということが分かる。
それらは「ジャンピングアウト」「トリッピング」「ファウルチャージ」「ホールディング」といった、まあ名称はさておき、いずれにしても直接フリーキックとなる反則なのである。
だからトルコの選手たちは「まんじゅう」の前進を指をくわえて見るほかなかったのだ。
もちろんレフェリーも呆然と立ち尽くすのみだった。
さてさて。
前進している「まんじゅう」はそのままゴールになだれ込み、それから力士たちは蜘蛛の子を散らすように散らばった。
ゴール内にボールがポトリと落ちた。
そして実況のアナウンサーの声
「ごごご、ゴール…、ですかね?」
試合はその後、数人がシュートを顔面に受け、鼻血を出した。
(ちなみに彼らのちょんまげも意外と役に立った)
もちろん、ちょんまげとクロスバーの僅かな間を通過した事も数回。
さすがプロだ。
それでも彼らは僅差で逃げ切った。
とにかく彼ら「力士軍」は決勝トーナメントで勝利したのである。
それからはもう破竹の勢いだった。
ちなみに決勝戦ではブラジルチームの選手も自軍のゴールを「横一列」で塞ぎ、「まんじゅう」の「ゴール」を阻止しようとしたが、相撲取り相手にそんな作戦が通用する筈もなかった。
まあとにかく! 十一人のうだつのあがらない力士たちは「ヒーロー」になったのである。
それはサッカーの新しい時代の幕開けでもあった。
どすこい!