学校にあった凄い車

文字数 1,999文字

 学校の正門から入ったところに外来用の駐車場があって、それはその日の昼休みのこと。
 給食を食べて、校庭で何をやったかは豪快に忘れたけれど、とにかく友達と校庭で何かやっていろいろ遊んで、それから五時間目が始まるし教室へ戻ろうとして、たまたまその外来駐車場を通りかかると、そこには、それはもう凄い車が置いてあったんだ。
 こんなん日本車のわけない。左ハンドルだし。だから多分外車で、でも僕らにはなんて車かさっぱり分からなくて、でも「凄い車」だってことだけはすぐに分かった。
 めちゃくちゃ平べったいし、ぬめぬめとした形で、幅が広いし。宇宙人が乗ってきてここへ置いたのか?ってなくらい、飛んでるデザインだったし。
 それでしばらくその車に見とれて、だけど五時間目が始まるから、それから僕らは「凄いね」「凄いね」とか言いながら教室へ戻り、そして僕は教室のみんなに言ったんだ。
「ねえねえ、外来駐車場に凄い車が止まってたよ!」
「ええ?どんな車?」
「めちゃくちゃ低くて平べったくてさぁ、すげえ幅が広くてタイヤもでかくてさぁ、で、翼が生えてるみたいになってて…」
「すげえ!」
「本当か?」
「凄い凄い!」
「早速見に行こうよ!」
「五時間目始まるよ」
「いいからいいから」
 それからこんな感じで教室全体が豪快に盛り上がり、で、キンコンカ~~ンと鳴って五時間目の先生もやって来たけど、
「ねえねえねえねえ!先生先生先生!」
「何だ?」
「授業どころじゃないよ。ええと、凄い車が置いてあるらしいんだ!」
「凄い車?それは一体どこだ?」
「外来駐車場!」
 で、その先生も結構な、というか豪快に車好きだったみたいで、それは僕も知っていたし、だからクラス全員と先生までがぞろぞろと廊下を練り歩き、そして早速、その外来駐車場へと向かったんだ。
 だけどそれだけじゃなかった。
 別のクラスの生徒たちも窓越しに廊下の僕らの様子を見て、「何だ何だ何事だ!」となって、どやどやと出てきて、それはもう別のクラス全員まで!
 で、挙げ句には各々の五時間目の先生までもが話を聞きつけ、口々に「凄い車」「凄い車」とか言いながら出てきて、だからもう学年全体と各クラスの先生が、ええと、これはもはや学年遠足状態で、そういう訳でその外来駐車場へと、先生を含めた一学年全体がぞろぞろと…
 かくして、それほど広くはない外来駐車場には、学年全体が結集していたんだ。
 それは凄い熱気だった。
「凄い車だね」
「あ、ハンドルが左側だ!」
「もしかして、外車?」
「外車だよ。当たり前じゃん!」
「すげえデカいなぁ」
「翼が生えてるのか?」
「300キロくらい出るんじゃないか?」
「300どころか、500キロくらい出そうだね」
「飛ぶんじゃないか?」
「そうだぜ。これは宇宙人が乗ってきて、これから飛び立って、天王星まで行くんだぞ!」 
 知ったかぶりにもどんどん尾ひれがついて、話はどんどん訳分かんなくなっていった。
「どんな人が乗るんだろう?」
「いやいや、これは地球人の乗り物じゃないぜ」
「誰のだ?」
「ええと、天王星人だ!」
 とにかく話はあらぬ方向へと、どんどん膨らんだ。
 と、そのとき、一人のごく普通の地味なおじさんが歩いて来て、キーらしきものを持っていて、そしてその「凄い車」の方へと歩いて来た。
「あの人が天王星人だ!」
「だけど普通のおじさんだぞ」
「いやいや、きっと今は地球人に変身してるんだ!」
「本当はどんな姿?」
「だからきっと…、ええと、緑色の体で、細長い顔で、尖った耳で…」
「そうだそうだ。それと緑色の目が3つあるんだ」
「それじゃあのおじさん、車に乗り込んだら天王星人に戻るのか?」
「そうだそうだ、きっとそうだ!」
「ええと、緑色の体で、細長い顔で、尖った耳だったな」
「それと緑色の目が3つ!」
「よし!よく見ておこうぜ!」
 そういうわけで学年全体は固唾を飲んで、そのおじさんに注目した。
 そしてみんなの強烈な視線を感じつつ、そのおじさんはその凄い車の左側へと回り込んだ。だって左ハンドルだし。
 とにかくみんなは固唾を飲んで、そのおじさんに注目したんだ。
 もちろんそのおじさんも、僕らが発するその強烈な空気を読んでいたのか、というか、思い切り空気を読んでいたらしく、それ故に、それからおじさんは思い切り気まずそうな、申し訳無さそうな照れ笑いを浮かべながら、くるりと向きを変えると、それからも照れ笑いを浮かべながら、そのキーを隣に停めてあった、それまで誰一人その存在に気づいてなかった、それはとにかくもう、ぼろぼろの軽自動車ドアに鍵を差し込み、ドアを開け、照れくさそうにそそくさと乗り込み、エンジンをかけ、するとポロンポロンとなさけない音がして、それからそのぼろ軽は、青白い煙を吐きながら、時速30キロくらいでよたよたと走っていった。
 そのぼろ軽を見送ったみんなの顔に、おじさんの照れ笑いが伝染していた。
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