煙草・ギャンブル・借金

文字数 2,790文字

 俺はギャンブルで借金を抱えている。負けてすってんてんになったらホールにある消費者金融のATMで借りて、また打ってまた負けて…大きな声じゃ言えないが、結構な家が建つ程の借金だ。そしてギャンブルをやる俺はお約束どおりヘビースモーカーだ。一日60本。
 月々のタバコ代は現在四万円ほど。年間五十万。30年吸っているからこれまでのタバコ代は1500万?

 俺は一応零細な会社に勤めているが、給料はあらかたギャンブル代とタバコ代と消費者金融の金利に消える。家にはほとんど金を入れず、女房のパート収入だけが生活費だ。
 そんな俺はある日、会社の定期健康診断を受けに健診施設に行った。そして結果が返ってきた。
 じゃじゃ~~ん!
 高度の肥満162cm 85kg
 重症高血圧(220~130)
 脂質異常症(LDL240、HDL30 LDL/HDL比=8!)
 肝機能障害(GPT130)
 糖尿病(血糖値300、HbA1c12%)
 そして、前にも言ったけど、毎日60本のヘビースモーカー
 完璧だ!
 
 それで会社の健康管理の奴から「医者へ行け」としつこく言われていたが、やたら喉が渇くのと、やたら小便が出るくらいで大した自覚症状もなく、そもそも俺には医者に掛かる金なんかギャンブルとタバコと消費者金融の金利でぶっ飛んでいたから医者には行かず、そのままにしていたらある日、ギャンブル屋の便所の小便器の前で足がもつれた。
 そしてややや! と思ったら小便器がどんどん目の前に迫った。
 俺は小便器の手前の淵にしこたま顔をぶつけ、豪快に血を流しながら、そのまま便所の床に崩れ落ちた。
 それから俺は起き上がろうとしたけれど、右の手足がまともに動かず、そのまま便所の床でのたうちまわっていた。
 すると便所に来た別の客が俺を見付け、「死人がいる死人がいる死人がいるぅぅぅ!」とわめきながら店内に戻り、それからはもうわいわいと大騒ぎになり、次にギャンブル屋の店員が来て、俺の目を見て「まだかろうじて生きている」とぬかして、それからおせっかいにも救急車を呼び、それで俺は担架ごとその白塗りのワゴンに載せられ、ぴーぽーぴーぽーと運ばれた。
 運ばれる途中、俺は意識を失った。

 気が付いたら俺は病院のICUという場所にいた。小便器で打った顔には包帯が巻かれ、腕には点滴のチューブが突き刺さり、小便を抜く管も入れられていた。
 どうやら俺は、数日間生死をさまよったようだった。
 それでとりあえず命だけは助かったが、俺の右の手足はまともに動かない。
 俺は脳梗塞らしかった。そしてリハビリが始まった。

 不味い病院食(糖尿病食)のおかげで少しは痩せるかと思ったけど、夜中に同室の奴らと交代で病院を抜け出し、近くのコンビニで酒・タバコ、缶コーヒー、カップラーメン…、とにかくいろいろと楽しい買い出で、病院の屋上で吸って飲んで食った。
 だからちっとも痩せなかった
 もちろん医者には何度も何度も何度も「死ぬからタバコはやめろ!」と言われた。
 でもやめられなかった。
 それで杖をついてこっそりと、やはり病院の屋上に行き、そこで吸ったりしていた。
 
 とにかく俺は病気になり、体も不自由になった。
 会社からはさんざん病院へ行けと言われたにもかかわらず、こうなった。
 それで「自業自得だぁぁぁ!」と、ある日見舞いに来た社長が突然豪快に激怒し、俺は秒でクビにされた。
 女房も相想を尽かし出て行き、それから程なく離婚届が郵送されてきた。
 仕方がないと思い、俺はまだ動く左手できたない字で署名し、ぶるぶるしながら判を押した。

 とにかく俺は自分の収入も、女房が稼いでいたパートの収入も無くなった。
 不自由な体と借金だけが残った。
 消費者金融からはケイタイにばんばん催促の電話が来ていたが、電話代も払えず、携帯は使えなくなった。
 すると催促の電話は来なくなったけれど、どこから訊きつけたのか、業者の回し者が病院へ押しかけるようになった。
 押しかけてきた回し者は「お前、生命保険に入っていないのか?」と訊いたので、そんなのに入る金なんか無いと言ってやった。
 とにかく俺は、いずれにしても生きる術を全て無くしていたんだ。

 そんなある日。いよいよ俺は死のうと思い、杖をついて病院の屋上へ行き、「最後のタバコ」を楽しんでいた。

 タバコはやめられない。
 医者から「やめないと死ぬ」と言われてもやめられない。
 ギャンブルもやめられない。いくら借金を抱えてもやめられない。
 とにかく借金。
 不自由な体で無職。
 そして借金の催促。
 どうにもならない!
 だから俺は最後のタバコを吸い終えたら、不自由な体に鞭打って、何とか病院の屋上のフェンスに登ろうと思っていた。
 飛び降りて死のうと思っていたんだ。

 と、そのとき、タバコをくわえている俺に、やはり杖をついた一人の男が歩み寄った。
 そしてその男は俺に話し掛けた。
 話しているうちにお互いの身の上話になり、それで俺は俺の悲惨な境遇を根掘り葉掘り話した。
 一通り俺の話を聞くと、意外にもその男はこう言った。

「あなたがうらやましい」
「何だって?!」
 驚いた俺はそう言った。男は続けた。
「私が杖をついているのは、あなたのような脳梗塞のためではありません。私は悪性黒色腫という皮膚癌にかかっています。それは私の右足に出来ました。それで私は右足を切断する手術を受けました。だからあなた同様、私も杖をついています。しかし私はあなたとは違います。私の癌はすでに私の全身に転移しています。肺にも転移しているし、だから息も苦しいのです。正直言うと、あなたのそのタバコの煙も辛いです」
 それで俺はひどく申し訳なく思い、あわててタバコの火を消した。男は続けた。
「私はこういう状態ですので、本当に余命いくばくもありません。だからもし自分で努力して、今の自分の境遇を克服出来るものなら、もし生きていけるなら、どんなに幸せか分かりません。だからあなたがうらやましいのです」
「俺が、うらやましい…」
「確かにあなたはとてもシビアな境遇にいます。だけど私に言わせれば、あなたの境遇は、その気になれば克服でき、あなたは長生き出来ます」
「長生き…」
「タバコをやめ、ギャンブルをやめ、奥さんに土下座して、必死でリハビリをして、何とか身体機能を良くし、それから社長に土下座して、どんなに安い給料でもいいから何とか雇ってもらい、事務職なんかなら何とかやれるんじゃありませんか? そして借金は弁護士に相談して少しでも返済額を減らすか、金利を下げてもらうか、あるいは自己破産という道もあるでしょう」
「自己破産…」
「少なくとも私ならそうします。それで生きていけるのならお安い御用です。だから私は、あなたがとてもうらやましいのです。やる気になれば、これからもずっと生きていられるのですから…」

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