第66話 反乱軍

文字数 3,686文字

「おい、新入りのあんちゃん。腹減ってるだろう、飯を食え」
 麗射に肉と芋の丼が渡された。立ち上る湯気が立ち上り、まき散らされた芳香に麗射の腹がすすり泣く。
「おい、いくらでもあるんだ。そんなにがっつくな」
 言葉もなく、掻っ込む麗射の姿をあきれたように見て、周りを取り囲む男たちが金髪を揺らして大笑いした。
 碗から顔を上げた麗射の顔に芋の欠片が付いており、それがまた彼らの笑いを誘う。
 何もかもが麗射の想像とは違っていた。
 反乱軍に捕まった最初こそ、厳しい尋問にあったが、麗射の背中の焼刻と荒れた手のひらを見た反乱軍の兵士は一目で武人でないことをさとったのか、「反乱軍に入りに来た」という麗射の言葉をすぐに信じて兵士たちの中に加えた。氷炎がこの反乱軍のなかでどのような立ち位置であるのかまだわからないため、あえて麗射は氷炎の知り合いという事を伏せているが、兵士達は知り合いの肩書きがなくても温かく麗射を迎え入れてくれている。
「都の奴らは俺たちのことを「反乱軍」と呼ぶが、俺たちは奴らに虐げられてきた被害者だ。今まで重税にあえぎ食うものも食わず働かされてきた。当たり前の幸せのために戦って何が悪い」
 人の好い兵士たちは、薄い酒を飲みながら口々に新入りの麗射に話しかける。
「お前さん、真珠の都から砂漠を越えてここまで助っ人に来てくれたんだってな。本当にありがたいこった。一人でも多くの兵士が欲しいからよ。人を集めて力さえ持てば、我々救世軍に天から遣わされた希託者(きたくしゃ)の斬常様がこの世を変えてくださる、なっ」
 丼を渡してくれた永芳(えいほう)という訛りの強い男が、太い腕で麗射の背中を叩いた。前のめりになった麗射を見て、また笑いが起こる。
 なんと朗らかな。
 熱に浮かされたような希望が人々の間に満ちているのを麗射は目の当たりにして微笑んだ。
 勢いがある。
 反乱軍との最前線には都から遣わされた軍も駐留していたが、明らかに弛緩しており素人の麗射でも難なく突破できた。彼らと反乱軍とでは明らかに士気が違う。
「王室軍の中には俺たちに内通する者もいるからな。あいつらも元はと言えば、俺たちと同じ猟師や農民だ。徴兵されて王の手先になっているだけで、心の底では俺たちの味方だ。戦いたくはないだろうさ」
 麗射が王室軍の警備のずさんさを告げたとき、迎えた兵士は可笑しそうに言っていた。
「もとはと言えば、俺たちは皆同じ仲間だ。敵と味方に分かれているが、同じ大地に住み、同じ風になぶられている。俺たちは皆同じように幸せになる権利があるんだ」
 ああ、氷炎の言葉と同じだ。こんな末端まで氷炎の信念が根付いている――、友人の透き通った青い瞳を思い出して麗射の心が熱くなった。
「もう、飲まず食わずの生活とはおさらばだ。俺たちがこの国を統べた暁には、もう薬を買う金もなくて、子供らが死ぬのを黙ってみていることもない」
 どこかで誰かが叫ぶ。
「武芸を磨け、そして王室を潰して俺たちの政府を作るんだ」
「おおっ」
 大きな賛同の雄たけびが上と共に沢山の握りこぶしが空につき上げられた。
 人々の熱が心地よい。知らず知らずのうちに麗射も手を握りしめる。
「そして、政権奪取の暁には、州一丸となって富んだ叡州に攻め込み我らのものにするんだ」
「この国は貧しい。富むには叡州を併合するしかない」
 いっそうの声と共に目の前が見渡せなくなるほどの手が付き上げられる。
 しかし、麗射の握りこぶしが上がることはなかった。
「労せずして豊かな叡州をそのままにしておく手はない」
「飢えて死ぬか、戦うかだ」
 人々は我慢しきれなくなったのか立ち上がって口々に叫ぶ。
「叡州はわが国が苦しむのを横目で眺めているだけだった。あまつさえ、叡州公は王に妻を送り、腐った王室に力を貸している」
「潰せ、我らが力で」
「屠れ、腐った王族どもを」
「幸福はわが手で勝ち取れ」
 まるで鼓動のように叫びが繰り返されて、何度も拳が付きあがる。
「違う」
 麗射は呆然と立ちすくんだ。
「氷炎はこんなことを説いてはいなかった――」



 酒宴も終わり、反乱軍の兵士たちは粗末なござの上に雑魚寝し始めた。彼らほぼ新兵で、しばらくここで訓練を受けた後に、軍の各所に配置されるとのことだった。
 銀色の髪の少年を見なかったかとそれとなく尋ねてみたが、皆首をかしげるばかり。自由行動が許されているのは、上級の兵士達のみ。末端の兵達では中枢の情報はわからないとのことだった。
「へえ、お前さんが兄がわりなのか。しかし、ここに連れてこられているなら気の毒だが、上級の兵たちの中に野盗上がりの無法者も居るから――」
 麗射が尋ねた永芳という男は、最初から何くれと無く面倒を見てくれた優しい男だったが、あとは察しろとばかり肩をすくめる。
「もともと斬常様も野盗上がりだからなあ。だが、野盗どもがいるから戦もなんとか形になっているところもあるし……、わしらでは何ともしがたいな」
 気の毒そうに麗射を覗き込むと男が肩をすくめた。
「そうだ、氷炎様に頼んではどうだ?」
 話を聞いていたのか、別の男が声をかけてきた。
「氷炎、氷炎に会えるのか」
 麗射は相手の肩をいきなり掴むと、粉袋をはたくように前後に揺さぶった。
「おい、おい落ち着け。ちょうど明日は講話の日なんだ。興奮しなくても氷炎様には会えるさ。お高くとまった方じゃないから俺たちとも言葉を交わしてくださるぜ」
 氷炎に会える。
 うまく行けば、氷炎の伝手で清那を取り戻せるかもしれない。就寝後、ござに体を横たえた麗射の胸はうるさいほどに高鳴った。
 先ほどの兵士たちの言葉が気になるが、氷炎の言葉が曲解されているだけかもしれない。明日本人に聞けばいいことだ、きっ驚くに違いない。麗射は懐かしい友人の青い瞳を思いながら、まどろみに落ちた。


 翌朝から始まった兵士の教練は厳しかった。巷の噂からは反乱軍は野盗の集まりぐらいに思っていたが、槍に見立てた杖での棒術、弓術、山道の上り下りなど軍隊と変わらない統制の取れた訓練が行われていた。
 そして麗射が何よりも驚いたことは、誰一人としてこの過酷な訓練に文句を言わないことであった。皆重税を課す王室に憤怒と失望を感じているのだろう。強くなって王制を打ち倒すのだという熱気に満ち溢れていた。
 教官も、気が抜けた兵士の尻を蹴り上げたり、怒鳴ったりしているが、同じ目的を掲げて集まった同志であり、叱咤もどこか愛のあるものであった。
「お前らここで手を抜くと、戦場では死んじまうぞ。各々の能力を上げ、戦上手の斬常様の言うとおりに軍を動かすことができれば、軟弱な王室軍など恐れるに足らずだ。生き抜いて幸せな世の中を見たければ、俺の言うとおりにやれ」
 今でこそ絵ばかり描いているが、もとはと言えば海で鍛え上げた肉体を持つ麗射は、そのあり余る体力で教練をやり遂げていった。しかし、持ち前の運動神経で何事もそつなくこなす彼も一つだけついていけないものがあった。
 弓術である。
 兵士たちの弓術の腕は皆達人の域に達している。遠くに人ぐらいの高さの木切れが立っており、その目標に対して、彼らは斜め上に弓を掲げ矢を射る。唸りながら放物線を描き飛び去った矢は寸分たがわず木材を真上から射抜いた。
「す、すごい」
 感心する麗射。しかし、皆麗射の反応を不思議そうに見ている。
「俺たち煉州の人間の多くは猟師で、断崖絶壁の山を走り回る獲物を狩って暮らしているんだ。これぐらいできなけりゃ暮らしてはいけないよ」
 こともなげに言うと彼らは次々と虚空に矢を射る。矢はすべて真上から正確に的を貫いた。
「まっすぐに射ると獲物に気づかれてしまう。相手の速さを見て、次に来る位置を予測して天空から矢を降らせるように真上から射抜くんだ」
 戦でも、煉州には矢雨を降らせるという言葉があるように、弓術隊は相手の先鋒の力を大幅にそぐ重要な戦力であった。
「百発百中だな」
 麗射は傍らの男に声をかける。なかでも穿羽(せんぱ)というこの男は抜きんでて腕が良かった。
「ああ、今日は晴天で視界がいいからな。俺たちは名手だから、視界さえ良ければはるかかなたの卵でさえも射抜いて見せるぜ。」
 胸を張る男のわき腹を肘でつつき、昨日氷炎の来訪を教えてくれた永芳が首を振った。
「新入りだと思ってあまり威張るんじゃねえ。霧が出たりして距離がぼやけるとさすがの俺たちも本来の力が出せないことがあるんだからな」
「そりゃ、霧の日は俺たちにお呼びはねえよ。後方で高見の見物とさせてもらうぜ。そんときゃ斬常様も別な手を考えられるだろうさ」
 次の的を正確に射抜いて、穿羽は肩をすくめた。
「しかし、皆真剣だな。怠ける者がいない――」
「そりゃそうさ、中には無理やり連れてこられた奴もいるが、お前の信奉する氷炎先生の話を聞けば、皆たちまち宗旨を変えてしまうんだよ。王の密偵もいたが、奴は今優秀なこちら側の兵士になっているぐらいだ」
 彼は麗射の肩を叩いてにこりと笑った。
「弟分は殺されては無いと思うよ。消息が分かればいいな」
 いい奴らが多い。笑みを返しながら麗射は頷いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

麗射:「青銀の風」の主人公。絵師を目指して砂漠の真ん中にある「美術工芸研鑽学院(美術工芸院)」にやってくる。砂漠で隊商に見限られたり、ラクダに逃げられたり、艱難辛苦の果てにたどり着いた美術工芸院だが、入試受付は前日で締め切られていた。おおざっぱだが、打たれ強く男気のある性格。常に前向きな彼の周りには、いつの間にか仲間が寄ってくる。黒目、黒髪、肌はやや褐色。

イラム:麗射と泉で出会った謎を秘めた少女。金髪、青い目。

走耳:スリをして服役中、麗射と知り合う。いつもいるか居ないかわからない存在感の無い男だが、神がかった運動神経を持つ。孤高を保ち誰のことも信じない。茶色の髪と茶色の目。

「清那」入学年齢に達しない13~4歳だが、訳あって美術工芸院で学生兼講師をしている叡州第三公子。細密画が得意で、風景を描かせれば右に出る者がいないが、なぜかその絵は寂寞としている。

「雷蛇」なで切りの雷蛇として囚人達からも恐れられる極悪人。牢獄の中で麗射を目の敵にして暴力を振るうが、妙に単純で人なつこいところもある。


「幻風」エセ占いで捕まった得体の知れないジジイ。笑い上戸で、走耳が唯一心を許す人間。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み