第117話 葛藤
文字数 4,083文字
休戦を挟んで、オアシス軍の雰囲気は大きく変わった。
鋭気を養って戦闘意欲が増した……のではない。その逆で、それぞれの平穏な日々を思い出した彼らは、張り詰めた心が一気に緩み厭戦 気分に陥ってしまったのである。
それが顕著 なのは、美術工芸院の生徒達であった。若い血をたぎらせ、身を捧げて住民を助ける、という美しい生き方に酔っていたのも初めのうちだけだった。不十分な食料、押しつけられる任務、いつ始まるかわからない命のやりとりにおびえる日々。彼らは、次第に精神の糸をすり減らしていった。そして、青砂漠や、牢獄の戦闘に参加したものの中には、虫けらのように次々と人が亡くなる光景が突然頭に浮かび上がるという現象に苦しむ者が増えていった。
がらんとしたオアシスを守るのは500人足らずの素人軍団。そしてその周りには減ったとはいえ、千人あまりの敵兵が取り巻いている。彼らはすでに壁の攻略法をあみ出している。今の彼らはその気になれば、いつでもオアシスに攻め込めるのだ。ただ彼らは少しでも楽に勝つために、籠城する敵が栄養不足によって弱っていくのを待っているだけだった。青年達の脳裏に蘇る凄惨な光景は、他でもない明日の我が身に他ならない。
オアシス軍の中に、正気を保てない者が出はじめた。
「玲斗様、なぜあなたが先頭に立たれないのです」
テーブルの向こうでは、急に皿をひっくり返し奇声を発し始めた青年が、駆け寄ってきた警備兵に引きずられるように外に出されていく。人々を襲う狂気は、不思議と周りにも同じような症状を伝染させるため、正気を失った者は瞬く間にどこかに連れさられるのが常だった。だが、その後に彼らの姿を見た者は無く、殺されて美術工芸院の地下に埋められてしまったのでなはいかという噂が、まことしやかにささやかれている。
食堂の隅で一連の光景を見ながら、順正が目の前の主 に低い声で話しかけた。
「煉州随一の武の家系の御血筋である玲斗様が軍を率いられるなら私は付いていきます。剴斗様と戦われるのもよし、そして敵軍をこの中に引き入れるのも――」
「黙れ」
玲斗が鋭い目で一喝する。
「すみません、私は、いえ剴斗様の呼びかけで煉州から来たものは、あなたに命を預けたいのです。どこの馬の骨かわからない麗射の命令で死にたくはないのです」
忸怩 たる思いを訴えた順正の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。
「悪いが、俺に軍を率いる能力は無い。それは父が俺をここに追いやったことでもわかるはずだ」
「しかし、波州の平民である麗射の下に付くのは屈辱以外のなにものでもありません」
貴族の出身である順正は、幼い頃から家柄による格付けを重んじるように育てられている。名家の出身である玲斗には、無条件で服従するが、実力で勝っていようとも自分より格下の出自である麗射に服従するのは先祖から受け継いだ高貴な血が許さなかった。彼は根が真面目なだけに幼い頃からすり込まれた価値基準から抜け出せないのである。
唇を真一文字に引き、眉をつり上げた順正はじっと主の言葉を待っていた。
「それでは、俺の命令だ」
「はっ」順正の目が輝く。「あなたのご命令なら――」
「麗射の采配に従え」
順正は玲斗の視線を真正面で受けながら、ゆっくりと顔を横に振った。
「嫌です。このままでは我々は皆死んでしまいます。餓死するか、恨みを込めた刃で切り刻まれるか……、玲斗様、死ぬなら、あなたの命令で華々しく散りたいのです」
「すまない、俺を自由にしてくれ」
彼はわびるように目を伏せて、順正の前から立ち去った。
俺を自由にしてくれ。死ぬときぐらい――。
順正は発されなかった最後の言葉を、はっきりと聞いた気がした。
ドタドタとうるさい足音とともに、兵を引き連れて美術工芸院最下層に通じる階段を駆け下りてきたのは奇併だった。ランプを掲げ、彼は扉の前にたたずむ黒ずくめの装束を纏った、尖った耳の小柄な男達に叫ぶ。
「開けろ」
顔を見合わす男達。彼らは両手で左右の腰に下げた鋭い剣を引き抜いた。目は黒目が殊の外 大きく、その動かぬ表情も相まってまるで顔の中に底なし穴が二つ抜けているような不気味な印象を与えた。異形の耳といい、筋肉質の全身から、なんとなくただ者ではない雰囲気を立ち上らせている。
一瞬ひるんだ奇併だが、懐から白い紙を引っ張り出すと彼らに突きつけた。
「せ、清那から入室許可をもらっている。ほれ、開けろ」
彼らの目の前で、繊細な筆跡で署名がしてある書類をひらひらさせる。二人はうなずいて剣を収めるとそっと扉を開けた。同時にずかずかと奇併一団が部屋に入り込む。
部屋の中がいくつものランプで照らされた。
そこにはずらりと美しい顔料が並んでいた。それだけではない、床に置かれたガラスの箱には顔料の材料となるのであろう、ぼうっと色とりどりの光を発する美しい石が所狭しと並んでいた。
しかし奇併はそれらを見てもなんの感情もわき上がらないらしく、鉱石に見向きもせず、後ろの番人達に叫ぶ。
「おい、お前ら、何でもいいから危ないもんを出せ。猛毒大歓迎だ。とりあえず、毒性のあるものをここに並べろ」
美術工芸院の地下、ひんやりした穴蔵にはずらりと画材が並んでいる。この特別保管庫に入れられている画材は、希少価値が高く美しい顔料と毒性が強いものであった。
ここにある画材は、どの部分にどのような効果を期待してどんな方法でどれくらい使うのかを書いて講師陣に談判しに行き、相手を論破できたものにのみその使用が許された。しかし、ほとんどが代替 案を提示され、今までこの宝の山に手を付けることができたのはほんの一握りの学生にすぎない。
部屋の管理は彼ら、番人と呼ばれる毒性の高い顔料の扱いに長じた係が二人でその役目を担っていた。もちろん盗賊に備えてこの役目には相当な武術巧者であることが求められている。この薄暗い穴蔵を根城にしてひたすら番をすることだけに日々を費やす彼らに対し、穴蔵の中の顔料には美しい妖魔がとりついており、番人はその虜になったのだと揶揄する者もいた。
戦いになっても彼らは戦闘に参加せず、じっとこの穴蔵に姿をひそめ、ひたすら室内の画材を守ってきたのである。
番人達は首をかしげたまま、胡散臭そうにわめき立てる奇併を見た。
「おい、許可したのは清那だぞ、清那。俺を信じられなくても、あいつなら信じるんだろう、お前ら」
苛立ちを隠しきれない様子で、奇併はまた署名入りの紙を彼らの目にくっつかんばかりに突き出した。
番人達は、しぶしぶ両手でガラスの箱を担いで、次々に奇併の目の前に並べ始めた。
「半狂乱になった者は僕たちが殺して地下に埋めている、ってさ」
3階の教官室の一室を麗射は自室として使っていた。個人的に麗射に注進したい者のために彼はいつも午後の半刻(1時間)をここで一人で過ごすことにしていた。
今日やって来たのは意を決したような顔をした美蓮だった。
「そんな噂がたっているのか?」
「ああ、もう我が軍は疑心暗鬼のまっただ中、という訳だな」
麗射は机に肘を付けて、頭を抱える。
「冗談じゃ無いぞ、そんな噂を野放しにするなんて……」
「じゃあ、彼らの姿を見せてやる気か?」
いつになく冷たい言葉に、麗射は頭を抱えたまま顔だけを美蓮に向ける。
美蓮の瞳はじっと麗射に向けられていた。「似たようなものじゃないか」
麗射は、ため息をつく。
「だったら、どうすればいいんだ。彼らをそのままにすれば、恐慌が伝染する。その中には判断ができなくなって自暴自棄になる者が出るかも知れない」
実際、始めのころは無理矢理オアシスから出ようとして、門を開けようとする暴挙に出た者が数人居た。幸い取り押さえられて事なきを得たが、もし門が開けば取り返しの付かない事になっていたはずだ。
「だから、寝てもらってるって訳か?」美蓮の表情が険しい。
正気を失った彼らは、別室に移されて無理矢理銀老草の汁を飲まされる。そのまま、銀老草が煙る室内でぼんやり夢うつつのまま過ごしているのである。
「これを続けたら、中毒になってしまうぞ。長く続けば死んでしまう者が出るかも知れない」
「甘いことは言っておれないんだ。一人でも、生きて戻るためには」
麗射の目が血走っている。
「彼らにそれぞれ監視を付けるような余裕はない。部屋に閉じ込めたとしても、もし助けを呼ぶ声で動揺が広がったり、門を開けて脱走されたりしては、軍は内部崩壊だ」
顔を赤くした美蓮が麗射の襟首を両手で掴む。
「それでは、大勢のためなら、個人は犠牲でいいのか?」
「一人のために、みんなが犠牲になるのか?」
麗射も美蓮の襟首を掴む。
「君が何か良い案を持っているのなら言ってくれ。こんなことをしなくても良いのならな」
二人はお互いの視線を刃に変えて、じっとにらみ合った。
先に手を下ろしたのは麗射の方だった。
「君を見ていると、昔の自分を思い出すよ」
絵師を目指して、砂漠を越えてきた頃、彼は理想を実現することが、正義と思っていた。彼にとって正義とはそのまま美であった。それは、暴行を受けようとも、監獄で命を奪われそうになっても、同じだった。そして、煉州で失望の余り氷炎を糾弾したときも――。
麗射の顔に乾いた笑みが浮かぶ。
「君ならどうする、美蓮。彼らを起こすか? あのまま自由にそこいらを歩かせるか? そして皆に恐怖が伝染して、敵が攻め込んできても逃げ惑うだけか。そういうわけにはいかないんだ。最後まで統制を保って、針の隙間ほどの生きる道を探さないといけないんだ」
がっくりと美蓮の頭が垂れて、首を振る。襟首を掴んでいた手は力を失い、麗射の肩に乗っていた。
「すまない、君が一番辛いのを忘れていた」
「いや、ありがとう美蓮。君と話して、俺は、俺のやるべき事がわかった」
黒い目に、黒い炎が宿る。燃えさかる純粋な黒。
彼は、自らを焼き尽くそうとしている。美蓮は息をのんだ。
「戦闘配置についていない者を講堂に集めてくれ」
麗射はくるりと踵 を返すと、作戦会議室から大股で外に出て行った。
鋭気を養って戦闘意欲が増した……のではない。その逆で、それぞれの平穏な日々を思い出した彼らは、張り詰めた心が一気に緩み
それが
がらんとしたオアシスを守るのは500人足らずの素人軍団。そしてその周りには減ったとはいえ、千人あまりの敵兵が取り巻いている。彼らはすでに壁の攻略法をあみ出している。今の彼らはその気になれば、いつでもオアシスに攻め込めるのだ。ただ彼らは少しでも楽に勝つために、籠城する敵が栄養不足によって弱っていくのを待っているだけだった。青年達の脳裏に蘇る凄惨な光景は、他でもない明日の我が身に他ならない。
オアシス軍の中に、正気を保てない者が出はじめた。
「玲斗様、なぜあなたが先頭に立たれないのです」
テーブルの向こうでは、急に皿をひっくり返し奇声を発し始めた青年が、駆け寄ってきた警備兵に引きずられるように外に出されていく。人々を襲う狂気は、不思議と周りにも同じような症状を伝染させるため、正気を失った者は瞬く間にどこかに連れさられるのが常だった。だが、その後に彼らの姿を見た者は無く、殺されて美術工芸院の地下に埋められてしまったのでなはいかという噂が、まことしやかにささやかれている。
食堂の隅で一連の光景を見ながら、順正が目の前の
「煉州随一の武の家系の御血筋である玲斗様が軍を率いられるなら私は付いていきます。剴斗様と戦われるのもよし、そして敵軍をこの中に引き入れるのも――」
「黙れ」
玲斗が鋭い目で一喝する。
「すみません、私は、いえ剴斗様の呼びかけで煉州から来たものは、あなたに命を預けたいのです。どこの馬の骨かわからない麗射の命令で死にたくはないのです」
「悪いが、俺に軍を率いる能力は無い。それは父が俺をここに追いやったことでもわかるはずだ」
「しかし、波州の平民である麗射の下に付くのは屈辱以外のなにものでもありません」
貴族の出身である順正は、幼い頃から家柄による格付けを重んじるように育てられている。名家の出身である玲斗には、無条件で服従するが、実力で勝っていようとも自分より格下の出自である麗射に服従するのは先祖から受け継いだ高貴な血が許さなかった。彼は根が真面目なだけに幼い頃からすり込まれた価値基準から抜け出せないのである。
唇を真一文字に引き、眉をつり上げた順正はじっと主の言葉を待っていた。
「それでは、俺の命令だ」
「はっ」順正の目が輝く。「あなたのご命令なら――」
「麗射の采配に従え」
順正は玲斗の視線を真正面で受けながら、ゆっくりと顔を横に振った。
「嫌です。このままでは我々は皆死んでしまいます。餓死するか、恨みを込めた刃で切り刻まれるか……、玲斗様、死ぬなら、あなたの命令で華々しく散りたいのです」
「すまない、俺を自由にしてくれ」
彼はわびるように目を伏せて、順正の前から立ち去った。
俺を自由にしてくれ。死ぬときぐらい――。
順正は発されなかった最後の言葉を、はっきりと聞いた気がした。
ドタドタとうるさい足音とともに、兵を引き連れて美術工芸院最下層に通じる階段を駆け下りてきたのは奇併だった。ランプを掲げ、彼は扉の前にたたずむ黒ずくめの装束を纏った、尖った耳の小柄な男達に叫ぶ。
「開けろ」
顔を見合わす男達。彼らは両手で左右の腰に下げた鋭い剣を引き抜いた。目は黒目が
一瞬ひるんだ奇併だが、懐から白い紙を引っ張り出すと彼らに突きつけた。
「せ、清那から入室許可をもらっている。ほれ、開けろ」
彼らの目の前で、繊細な筆跡で署名がしてある書類をひらひらさせる。二人はうなずいて剣を収めるとそっと扉を開けた。同時にずかずかと奇併一団が部屋に入り込む。
部屋の中がいくつものランプで照らされた。
そこにはずらりと美しい顔料が並んでいた。それだけではない、床に置かれたガラスの箱には顔料の材料となるのであろう、ぼうっと色とりどりの光を発する美しい石が所狭しと並んでいた。
しかし奇併はそれらを見てもなんの感情もわき上がらないらしく、鉱石に見向きもせず、後ろの番人達に叫ぶ。
「おい、お前ら、何でもいいから危ないもんを出せ。猛毒大歓迎だ。とりあえず、毒性のあるものをここに並べろ」
美術工芸院の地下、ひんやりした穴蔵にはずらりと画材が並んでいる。この特別保管庫に入れられている画材は、希少価値が高く美しい顔料と毒性が強いものであった。
ここにある画材は、どの部分にどのような効果を期待してどんな方法でどれくらい使うのかを書いて講師陣に談判しに行き、相手を論破できたものにのみその使用が許された。しかし、ほとんどが
部屋の管理は彼ら、番人と呼ばれる毒性の高い顔料の扱いに長じた係が二人でその役目を担っていた。もちろん盗賊に備えてこの役目には相当な武術巧者であることが求められている。この薄暗い穴蔵を根城にしてひたすら番をすることだけに日々を費やす彼らに対し、穴蔵の中の顔料には美しい妖魔がとりついており、番人はその虜になったのだと揶揄する者もいた。
戦いになっても彼らは戦闘に参加せず、じっとこの穴蔵に姿をひそめ、ひたすら室内の画材を守ってきたのである。
番人達は首をかしげたまま、胡散臭そうにわめき立てる奇併を見た。
「おい、許可したのは清那だぞ、清那。俺を信じられなくても、あいつなら信じるんだろう、お前ら」
苛立ちを隠しきれない様子で、奇併はまた署名入りの紙を彼らの目にくっつかんばかりに突き出した。
番人達は、しぶしぶ両手でガラスの箱を担いで、次々に奇併の目の前に並べ始めた。
「半狂乱になった者は僕たちが殺して地下に埋めている、ってさ」
3階の教官室の一室を麗射は自室として使っていた。個人的に麗射に注進したい者のために彼はいつも午後の半刻(1時間)をここで一人で過ごすことにしていた。
今日やって来たのは意を決したような顔をした美蓮だった。
「そんな噂がたっているのか?」
「ああ、もう我が軍は疑心暗鬼のまっただ中、という訳だな」
麗射は机に肘を付けて、頭を抱える。
「冗談じゃ無いぞ、そんな噂を野放しにするなんて……」
「じゃあ、彼らの姿を見せてやる気か?」
いつになく冷たい言葉に、麗射は頭を抱えたまま顔だけを美蓮に向ける。
美蓮の瞳はじっと麗射に向けられていた。「似たようなものじゃないか」
麗射は、ため息をつく。
「だったら、どうすればいいんだ。彼らをそのままにすれば、恐慌が伝染する。その中には判断ができなくなって自暴自棄になる者が出るかも知れない」
実際、始めのころは無理矢理オアシスから出ようとして、門を開けようとする暴挙に出た者が数人居た。幸い取り押さえられて事なきを得たが、もし門が開けば取り返しの付かない事になっていたはずだ。
「だから、寝てもらってるって訳か?」美蓮の表情が険しい。
正気を失った彼らは、別室に移されて無理矢理銀老草の汁を飲まされる。そのまま、銀老草が煙る室内でぼんやり夢うつつのまま過ごしているのである。
「これを続けたら、中毒になってしまうぞ。長く続けば死んでしまう者が出るかも知れない」
「甘いことは言っておれないんだ。一人でも、生きて戻るためには」
麗射の目が血走っている。
「彼らにそれぞれ監視を付けるような余裕はない。部屋に閉じ込めたとしても、もし助けを呼ぶ声で動揺が広がったり、門を開けて脱走されたりしては、軍は内部崩壊だ」
顔を赤くした美蓮が麗射の襟首を両手で掴む。
「それでは、大勢のためなら、個人は犠牲でいいのか?」
「一人のために、みんなが犠牲になるのか?」
麗射も美蓮の襟首を掴む。
「君が何か良い案を持っているのなら言ってくれ。こんなことをしなくても良いのならな」
二人はお互いの視線を刃に変えて、じっとにらみ合った。
先に手を下ろしたのは麗射の方だった。
「君を見ていると、昔の自分を思い出すよ」
絵師を目指して、砂漠を越えてきた頃、彼は理想を実現することが、正義と思っていた。彼にとって正義とはそのまま美であった。それは、暴行を受けようとも、監獄で命を奪われそうになっても、同じだった。そして、煉州で失望の余り氷炎を糾弾したときも――。
麗射の顔に乾いた笑みが浮かぶ。
「君ならどうする、美蓮。彼らを起こすか? あのまま自由にそこいらを歩かせるか? そして皆に恐怖が伝染して、敵が攻め込んできても逃げ惑うだけか。そういうわけにはいかないんだ。最後まで統制を保って、針の隙間ほどの生きる道を探さないといけないんだ」
がっくりと美蓮の頭が垂れて、首を振る。襟首を掴んでいた手は力を失い、麗射の肩に乗っていた。
「すまない、君が一番辛いのを忘れていた」
「いや、ありがとう美蓮。君と話して、俺は、俺のやるべき事がわかった」
黒い目に、黒い炎が宿る。燃えさかる純粋な黒。
彼は、自らを焼き尽くそうとしている。美蓮は息をのんだ。
「戦闘配置についていない者を講堂に集めてくれ」
麗射はくるりと