第63話 襲撃
文字数 2,351文字
「そろそろ、お暇 します」
あくびをかみ殺すのも限界を感じ、麗射は玄葉に頭を下げた。気が付くと村人も半分になっている。
「おお、旅でお疲れじゃったな。珍しい外つ国 の話に思わず長くお引止めしてしまった」
玄葉は若い者に指図して、麗射と清那を物置に案内した。
木でできた物置には、干した芋づるが山になって保管されており、その傍らに農具や板切れが積まれていた。二人が寝られるくらいの空間は確保されており、そこには老人の心遣いか古いがきれいに洗濯された布がひかれてあった。
清那は寝る前に物置の戸の内側から鍵をかけ、どこから探してきたのかつっかい棒をあてがった。
「さすが清那、細かいな」
布の上に転がるとすでに半眼となった麗射がつぶやく。語尾はそのまま寝息に吸い込まれた。
「いつもながら、寝つきがいい」
大の字になった麗射をうらやましそうに見て、清那は戸に背を持たせかけて眠りについた。
どのくらい眠っただろう。
暗闇の中、突然清那は背中にかすかな振動を感じて目をあけた。木の壁に耳をつけると、外で大勢のざわめきが聞こえる。木の壁の隙間から漏れる月光を頼りに移動すると壁を変えて耳をそばだてる。かすかだが、多人数の声が聞こえてきた。
囲まれている、ただ事ではない。
清那は唇をかみしめた。村人か、それとも反乱軍の襲撃か――。
「銀色の髪の小僧がいるはずだ」
清那は息を飲む。
「麗射、起きて。麗射――」
小声で揺さぶっても麗射は起きない。幸せそうな顔で昏々と眠っている。
「薬を盛られたのか?」
清那は暗殺を避けるため、幼いころからある程度の毒に慣らされている。麗射の昏睡に近い様な眠りに気が付いて彼は麗射を起こすことをあきらめた。
つっかい棒で戸が開かないのを知ったのか、今度は無理矢理戸を開けようとする荒々しい音がした。押しているのか、手を当てると戸は内側にゆがんでいる。
「寝ているのか」
「薬が効いているんだろう、ぶち破れ」
時間が無い。清那は麗射を引きずって芋づるの中に突っ込むとその上から手あたり次第に農具を積んで彼の姿を隠す。結構な重みのはずだが麗射は一向に目を覚まさない。
麗射を助けるためには、小屋の外に注意を向けないと……。
清那はつっかい棒に芋づるを結わえると、蝶番側の壁にぴたりと貼りついた。
業を煮やしたのか。外から戸に体当たりする大きな音が響く。
戸はすでに風前の灯である。
「皆で行くぞ」
戸の外から大きな声が聞こえた。戸に加わっていた力がふっと抜けた。
来る――。
次の瞬間、外から体当たりする大きな音。
間髪入れず、清那はつっかい棒に結んだ縄を引いた。
いきなり内側に開いた戸に、均衡を崩した数人の男たちが倒れ込んだ。
怒りの声を上げる男たちの横を、小さい影がすり抜ける。
ののしりの言葉を上げながら男たちは少年を追った。
月明かりの下、雑草に足を取られながら清那は必死に走る。
馬車まで行けば、逃げ切れるかもしれない。
しかし、一縷の望みもむなしく男たちはすぐに追いつくと、1人が背後から清那の襟首を掴んだ。後ろから抱きかかえるように引き寄せられて大きな手で顔をふさがれた清那は、抵抗むなしくやすやすと太い腕で体の自由を奪われた。
「上物らしい、傷をつけるな」
星灯りの下、男たちは手慣れた様子で少年に猿ぐつわを噛ませて縛り上げる。
そのまま鞍の前に乗せると彼らは馬を駆り、清那を連れ去った。
馬に揺られながら何かを探すように目を泳がせていた清那だが、ふと夜空を見上げるとかすかに微笑んだ。
「起きなさったかね」
殴られるような頭の痛みに顔をしかめながら麗射は体を起こした。体中が枯草や、土にまみれている。
「清那は?」
勢いよく体を起こし、あたりを見回す麗射。
傍らにいた長老と老婆は困ったように顔を見合わせた。
「お前さんのお連れは、昨夜かどわかされた。多分反乱軍の一味だ」
「お、俺は横にいたはずだ。なぜ、気が付かなかった――」
「お二人に誰かが薬を盛ったようじゃ」
言葉を失う麗射を見て、玄葉は肩を落とした。
「村人の誰かが、あんたらのことを反乱軍に内通したらしい」
おそらく村人の誰かが麗射に薬を盛り、恰好の獲物が来たことを知らせたのだろう。夜の大きな物音に気付きながらも、村人はおびえながら家で息をひそめるしかなかったと長老が詫びを入れた。
「清那は、清那は」
狼狽して麗射は唇を震わす。
「彼らの本拠地に連れて行かれたんだろう。以前の反乱軍は政権に反対する文化人を中心に形成されていたが、今は野盗などのならず者が多くなってここらも格段に治安が悪くなった。若い者が反乱軍の機嫌を取るためにこんなことをしてしまったんじゃ、すまない、この小さな村が生きていくには、反乱軍にも逆らえないんじゃ」
頭を擦り付けて謝る長老夫婦。怒りを抑えるように拳を握りしめていた麗射だが、やっと絞り出すように口を開いた。
「俺、久光山に行きます。清那を連れて帰らないと」
長老の表情がゆがむ。
「行ってどうするね、奴らに逆らえば殺されるのがおちだ。もう諦めなさい。残念だがお連れの少年は飢えた獣の檻に放り込まれた兎と――」
もう聞いていられないとばかり、麗射は立ち上がった。
「彼は俺にとって大切な存在なんです、師であり、友人であり、弟でもある」
せめてもの罪滅ぼしと玄葉は麗射に久光山までの道筋を教え、水と焼いた芋を持たせた。
村はずれで小さくなる麗射の背中を眺めながら、長老はため息をつく。
「この村から奥はもう反乱軍の勢力範囲だ。あの青年も無事ではすむまい」
あくびをかみ殺すのも限界を感じ、麗射は玄葉に頭を下げた。気が付くと村人も半分になっている。
「おお、旅でお疲れじゃったな。珍しい
玄葉は若い者に指図して、麗射と清那を物置に案内した。
木でできた物置には、干した芋づるが山になって保管されており、その傍らに農具や板切れが積まれていた。二人が寝られるくらいの空間は確保されており、そこには老人の心遣いか古いがきれいに洗濯された布がひかれてあった。
清那は寝る前に物置の戸の内側から鍵をかけ、どこから探してきたのかつっかい棒をあてがった。
「さすが清那、細かいな」
布の上に転がるとすでに半眼となった麗射がつぶやく。語尾はそのまま寝息に吸い込まれた。
「いつもながら、寝つきがいい」
大の字になった麗射をうらやましそうに見て、清那は戸に背を持たせかけて眠りについた。
どのくらい眠っただろう。
暗闇の中、突然清那は背中にかすかな振動を感じて目をあけた。木の壁に耳をつけると、外で大勢のざわめきが聞こえる。木の壁の隙間から漏れる月光を頼りに移動すると壁を変えて耳をそばだてる。かすかだが、多人数の声が聞こえてきた。
囲まれている、ただ事ではない。
清那は唇をかみしめた。村人か、それとも反乱軍の襲撃か――。
「銀色の髪の小僧がいるはずだ」
清那は息を飲む。
「麗射、起きて。麗射――」
小声で揺さぶっても麗射は起きない。幸せそうな顔で昏々と眠っている。
「薬を盛られたのか?」
清那は暗殺を避けるため、幼いころからある程度の毒に慣らされている。麗射の昏睡に近い様な眠りに気が付いて彼は麗射を起こすことをあきらめた。
つっかい棒で戸が開かないのを知ったのか、今度は無理矢理戸を開けようとする荒々しい音がした。押しているのか、手を当てると戸は内側にゆがんでいる。
「寝ているのか」
「薬が効いているんだろう、ぶち破れ」
時間が無い。清那は麗射を引きずって芋づるの中に突っ込むとその上から手あたり次第に農具を積んで彼の姿を隠す。結構な重みのはずだが麗射は一向に目を覚まさない。
麗射を助けるためには、小屋の外に注意を向けないと……。
清那はつっかい棒に芋づるを結わえると、蝶番側の壁にぴたりと貼りついた。
業を煮やしたのか。外から戸に体当たりする大きな音が響く。
戸はすでに風前の灯である。
「皆で行くぞ」
戸の外から大きな声が聞こえた。戸に加わっていた力がふっと抜けた。
来る――。
次の瞬間、外から体当たりする大きな音。
間髪入れず、清那はつっかい棒に結んだ縄を引いた。
いきなり内側に開いた戸に、均衡を崩した数人の男たちが倒れ込んだ。
怒りの声を上げる男たちの横を、小さい影がすり抜ける。
ののしりの言葉を上げながら男たちは少年を追った。
月明かりの下、雑草に足を取られながら清那は必死に走る。
馬車まで行けば、逃げ切れるかもしれない。
しかし、一縷の望みもむなしく男たちはすぐに追いつくと、1人が背後から清那の襟首を掴んだ。後ろから抱きかかえるように引き寄せられて大きな手で顔をふさがれた清那は、抵抗むなしくやすやすと太い腕で体の自由を奪われた。
「上物らしい、傷をつけるな」
星灯りの下、男たちは手慣れた様子で少年に猿ぐつわを噛ませて縛り上げる。
そのまま鞍の前に乗せると彼らは馬を駆り、清那を連れ去った。
馬に揺られながら何かを探すように目を泳がせていた清那だが、ふと夜空を見上げるとかすかに微笑んだ。
「起きなさったかね」
殴られるような頭の痛みに顔をしかめながら麗射は体を起こした。体中が枯草や、土にまみれている。
「清那は?」
勢いよく体を起こし、あたりを見回す麗射。
傍らにいた長老と老婆は困ったように顔を見合わせた。
「お前さんのお連れは、昨夜かどわかされた。多分反乱軍の一味だ」
「お、俺は横にいたはずだ。なぜ、気が付かなかった――」
「お二人に誰かが薬を盛ったようじゃ」
言葉を失う麗射を見て、玄葉は肩を落とした。
「村人の誰かが、あんたらのことを反乱軍に内通したらしい」
おそらく村人の誰かが麗射に薬を盛り、恰好の獲物が来たことを知らせたのだろう。夜の大きな物音に気付きながらも、村人はおびえながら家で息をひそめるしかなかったと長老が詫びを入れた。
「清那は、清那は」
狼狽して麗射は唇を震わす。
「彼らの本拠地に連れて行かれたんだろう。以前の反乱軍は政権に反対する文化人を中心に形成されていたが、今は野盗などのならず者が多くなってここらも格段に治安が悪くなった。若い者が反乱軍の機嫌を取るためにこんなことをしてしまったんじゃ、すまない、この小さな村が生きていくには、反乱軍にも逆らえないんじゃ」
頭を擦り付けて謝る長老夫婦。怒りを抑えるように拳を握りしめていた麗射だが、やっと絞り出すように口を開いた。
「俺、久光山に行きます。清那を連れて帰らないと」
長老の表情がゆがむ。
「行ってどうするね、奴らに逆らえば殺されるのがおちだ。もう諦めなさい。残念だがお連れの少年は飢えた獣の檻に放り込まれた兎と――」
もう聞いていられないとばかり、麗射は立ち上がった。
「彼は俺にとって大切な存在なんです、師であり、友人であり、弟でもある」
せめてもの罪滅ぼしと玄葉は麗射に久光山までの道筋を教え、水と焼いた芋を持たせた。
村はずれで小さくなる麗射の背中を眺めながら、長老はため息をつく。
「この村から奥はもう反乱軍の勢力範囲だ。あの青年も無事ではすむまい」