第43話 金策
文字数 2,045文字
二人がさっそく学院内の亡者の居室を急襲すると、金の亡者は部屋に香草を束ねたものを一心不乱に干しているところであった。
「おい、瑠貝ちょっと話があるんだ」
部屋の中には、瑠貝にはあまりにも不似合いな甘いにおいが漂っている。先日薬味になる雑草の取引で一儲けしたらしいので、今度は香草に手を広げたらしい。
「話って?」
声で誰かわかったのだろう、振り向きもせずせっせと香草を束ねながら瑠貝が尋ねた。
「金が要るんだ、用立ててくれ。ちなみにすぐに返す当てはない」
妙に開き直った口調で美蓮が言った。死後、天界の扉を開くときに必要な冥銭 でさえ惜しむと噂されている瑠貝である、友人というだけで金を融通するとは到底思えない。だめでもともと、の気分であった。
だが、瑠貝の顔がゆっくりと二人の方を向いた。「ふむ、話を聞こう」
「え? 聞くのか」
予想外の対応に、頼んだ張本人たちの目がこれ以上ないくらい丸くなる。
「すべての話題に金儲けの切れ端が隠れている。得にならない話すべてに背を向けていると大きな儲け話のとっかかりを知らないうちに失ってしまうかもしれない」
さすが砂漠の交易でたたき上げた商人の息子だ、斜め上の金銭哲学を持っている。
しかし、話を聞き終えた瑠貝は両腕を組んで目を閉じたまま考え込んだ。儲け話のとっかかりどころか大損になること必至の案件だ、無理もない。
しばらくして彼は額に皺を寄せて口を開いた。
「で、いくらぐらい要るんだ」
「材料に金がかかる。沈みにくい船と言われているから、木材にはこだわりたいんだ。一艘の船を作るのに四半塩板くらい必要だと思う」美蓮が試算する。
一塩板がこのオアシスの平均的な一年での稼ぎとほぼ同じくらいの価値である、その四分の一となると結構な金額であった。
目をつぶったまま瑠貝がうめく。
「な、頼む。船や縄が無いと玲斗達を助けに行って自分たちまで一緒に天界に上がってしまうかもしれない。俺は奴らを助けて、そしてもちろん自分たちも無事に生還したい。そして夕陽の心に安寧を取り戻したいんだ」
ふう。麗射の言葉を聞き終えた瑠貝がため息とともにやっと目を開けた。
「仕方ない、他でもないお前たちのためだ。用立てよう」
「すまない、瑠貝ありがとう」
思わず美蓮が瑠貝に飛び着く。不意を突かれた瑠貝は美蓮とともに椅子から転げ落ちた。
腰をさすりながら起き上がった瑠貝はぼそりとつぶやいた。
「実はな、俺はお前の見舞い品代わりに寮費を、先日の賭けと香草の儲けで払ってやろうと思ってたんだよ」
え? 麗射の目が点になる。
「あ、ありがとう。でも、天帝が驚いて天変地異を起こしそうな話だな」
「さては土砂降りが起こる原因はお前かっ」美蓮が突っ込む。
「なあに、お前さんに恩を売っておいた方が後々何か大きな儲けが出そうな気がしてな。俺のそういう勘は結構当たるんだ」
瑠貝は平然を装いながら、感謝の気持ちを全身から発する麗射から目をそらす。美蓮は金一辺倒のこの男がかすかに照れているのに気が付いて、可笑しそうに口元に手を当てた。
「だがな、事務に払いに行ったその金は結局まだ俺の手元にある」
「いいんだよ、気持ちだけで十分だ。皿洗いして、またコツコツと返して――」
違うんだというように首を横に振り瑠貝は肩をすくめた。
「俺が寮費を払いに行ったところ、今年度の寮費は完済してあったのさ」
「なんだって」麗射は頓狂な声を上げた。「りょ、寮費が」
事務の者が催促に来ないと思っていたら、まさか寮費が払ってあったとは。
誰が、なぜ? 麗射の思考は予想外の展開に砂嵐のごとくかき乱れる。
瑠貝は重々しくうなずいた。
「お前さんにはすでに銀色に輝く後ろ盾がいたという訳さ」
「銀色に輝く後ろ盾?」
「知らなかったのか、銀の公子だよ」
絶句する麗射。公子は自分を嫌っているはずなのに。
「はあ? なぜだ」
「それはこっちが聞きたいことだ」
瑠貝はニヤリと笑みを浮かべて麗射の肩をぽん、とたたいた。
「だからさ、ついでに船の材料費も払ってもらえばいいのさ」
「いや、だめだ。公子にそこまでしてもらう義理はない」
うろたえる麗射にこともなげに瑠貝が言った。
「パンを施されれば、ミルクまでっていうだろう。ついでに便乗してしまえばいいんだよ」
隊商独特の慣用句。世話になることを悪しとしない砂漠の民の考え方だ。
「いくらか手持ちの金があるし、木材の頭金は俺が用立てる、だがそれ以上の金は無理だし、やはりここは麗射お前が銀の公子に頭を下げに行くしかないぜ」
ニヤリと瑠貝が微笑んだ。
「あ、いつかお前が裕福になったら頭金を返してくれよな」
「おい、さっきその金はもともと麗射の寮費のためにって――」
まあまあ、と憤慨する美蓮の口を抑えながら麗射が答えた。
「わかった、いつか倍にして返そう」
「商談成立だ」二人は固く握手を交わした。
「おい、瑠貝ちょっと話があるんだ」
部屋の中には、瑠貝にはあまりにも不似合いな甘いにおいが漂っている。先日薬味になる雑草の取引で一儲けしたらしいので、今度は香草に手を広げたらしい。
「話って?」
声で誰かわかったのだろう、振り向きもせずせっせと香草を束ねながら瑠貝が尋ねた。
「金が要るんだ、用立ててくれ。ちなみにすぐに返す当てはない」
妙に開き直った口調で美蓮が言った。死後、天界の扉を開くときに必要な
だが、瑠貝の顔がゆっくりと二人の方を向いた。「ふむ、話を聞こう」
「え? 聞くのか」
予想外の対応に、頼んだ張本人たちの目がこれ以上ないくらい丸くなる。
「すべての話題に金儲けの切れ端が隠れている。得にならない話すべてに背を向けていると大きな儲け話のとっかかりを知らないうちに失ってしまうかもしれない」
さすが砂漠の交易でたたき上げた商人の息子だ、斜め上の金銭哲学を持っている。
しかし、話を聞き終えた瑠貝は両腕を組んで目を閉じたまま考え込んだ。儲け話のとっかかりどころか大損になること必至の案件だ、無理もない。
しばらくして彼は額に皺を寄せて口を開いた。
「で、いくらぐらい要るんだ」
「材料に金がかかる。沈みにくい船と言われているから、木材にはこだわりたいんだ。一艘の船を作るのに四半塩板くらい必要だと思う」美蓮が試算する。
一塩板がこのオアシスの平均的な一年での稼ぎとほぼ同じくらいの価値である、その四分の一となると結構な金額であった。
目をつぶったまま瑠貝がうめく。
「な、頼む。船や縄が無いと玲斗達を助けに行って自分たちまで一緒に天界に上がってしまうかもしれない。俺は奴らを助けて、そしてもちろん自分たちも無事に生還したい。そして夕陽の心に安寧を取り戻したいんだ」
ふう。麗射の言葉を聞き終えた瑠貝がため息とともにやっと目を開けた。
「仕方ない、他でもないお前たちのためだ。用立てよう」
「すまない、瑠貝ありがとう」
思わず美蓮が瑠貝に飛び着く。不意を突かれた瑠貝は美蓮とともに椅子から転げ落ちた。
腰をさすりながら起き上がった瑠貝はぼそりとつぶやいた。
「実はな、俺はお前の見舞い品代わりに寮費を、先日の賭けと香草の儲けで払ってやろうと思ってたんだよ」
え? 麗射の目が点になる。
「あ、ありがとう。でも、天帝が驚いて天変地異を起こしそうな話だな」
「さては土砂降りが起こる原因はお前かっ」美蓮が突っ込む。
「なあに、お前さんに恩を売っておいた方が後々何か大きな儲けが出そうな気がしてな。俺のそういう勘は結構当たるんだ」
瑠貝は平然を装いながら、感謝の気持ちを全身から発する麗射から目をそらす。美蓮は金一辺倒のこの男がかすかに照れているのに気が付いて、可笑しそうに口元に手を当てた。
「だがな、事務に払いに行ったその金は結局まだ俺の手元にある」
「いいんだよ、気持ちだけで十分だ。皿洗いして、またコツコツと返して――」
違うんだというように首を横に振り瑠貝は肩をすくめた。
「俺が寮費を払いに行ったところ、今年度の寮費は完済してあったのさ」
「なんだって」麗射は頓狂な声を上げた。「りょ、寮費が」
事務の者が催促に来ないと思っていたら、まさか寮費が払ってあったとは。
誰が、なぜ? 麗射の思考は予想外の展開に砂嵐のごとくかき乱れる。
瑠貝は重々しくうなずいた。
「お前さんにはすでに銀色に輝く後ろ盾がいたという訳さ」
「銀色に輝く後ろ盾?」
「知らなかったのか、銀の公子だよ」
絶句する麗射。公子は自分を嫌っているはずなのに。
「はあ? なぜだ」
「それはこっちが聞きたいことだ」
瑠貝はニヤリと笑みを浮かべて麗射の肩をぽん、とたたいた。
「だからさ、ついでに船の材料費も払ってもらえばいいのさ」
「いや、だめだ。公子にそこまでしてもらう義理はない」
うろたえる麗射にこともなげに瑠貝が言った。
「パンを施されれば、ミルクまでっていうだろう。ついでに便乗してしまえばいいんだよ」
隊商独特の慣用句。世話になることを悪しとしない砂漠の民の考え方だ。
「いくらか手持ちの金があるし、木材の頭金は俺が用立てる、だがそれ以上の金は無理だし、やはりここは麗射お前が銀の公子に頭を下げに行くしかないぜ」
ニヤリと瑠貝が微笑んだ。
「あ、いつかお前が裕福になったら頭金を返してくれよな」
「おい、さっきその金はもともと麗射の寮費のためにって――」
まあまあ、と憤慨する美蓮の口を抑えながら麗射が答えた。
「わかった、いつか倍にして返そう」
「商談成立だ」二人は固く握手を交わした。