第78話 弓術隊
文字数 1,676文字
弓術隊を先頭にした追っ手に麗射が追い詰められた場所は、背の高い柵であった。
走って、走って、すでに陽はくっきりと影を作るほどに姿を現している。
彼の背後に一本矢が突き刺さる。彼はなけなしの力を振り絞り、柵の脇を走る。どこか、どこかこのあたりに揺らいでいた丸太があったはずだ。
彼の顔の前に矢が当たり、麗射は足を止めた。
次は心臓という訳か。
ああ。俺はひとときの間であったが、同じ釜の飯を食った仲間の手によって殺されるんだな。
最後なら。
この世界をもっと見たい。
麗射は走るのを止め、柵を背に弓術隊の方を向き直った。
青い空、そして朝日に光る久光山。
それを背景に永芳、穿羽、そして優しかった仲間達が、ずらりと一列に並んで弓をつがえている。鋭い矢はすべて麗射の方に向けられていた。
「麗射――」
遠くから蹄 の音と、清那の声が聞こえた。
声の方を向いた麗射の瞳に、イラムを抱えて馬を駆る清那の姿が飛び込んで来た。
血相を変えて麗射は叫んだ。
「来るな、こちらに来るなっ」
「打てっ」
その声は穿羽の号令に打ち消された。
無数の矢が飛んでくる。
イラムの悲鳴が響く。
麗射は目をつぶり、天帝と郷里の海神に祈りを捧げた。
いくつもの風切り音とその恐ろしいまでの風圧。間近でざくりという鏃の刺さる音が響いて、麗射は全身を硬直させる。
音がやんで麗射は恐る恐る目をあける。
予期した痛みの代わりに、ぎぎぎっというきしる音とともに彼の背後の柵がゆっくりと後ろに倒れていった。柵の向こうには平原が広がっている。
柵を作る丸太を結ぶ縄や木片は、鋭い鏃 で見事に裂かれていた。が、普通それだけでは柵は倒れない、もともとここは柵が脆弱であった部分のようであった。
誘導してくれたのか、ここに。
目を大きく開いて弓術隊の方を見る麗射。
目の前には、別れを告げるように小さく手を上げる仲間達。
「麗射、乗って」駆けつけた清那が引っ張ってきた空馬を麗射の方に向けた。
麗射は無我夢中ではい上ると、馬にしがみつく。
腹を蹴ると馬はぐん、と速度を上げて、ぽっかりと空いた柵のあいだから飛び出した。
申し訳程度の矢は後ろから飛んでくるが、彼らには当たらず、巧妙に去ったあとの地面に刺さっていく。
名手達が、上級兵にばれないようにさも追っているかのように寸前で矢を落としてくれている。彼らを欺いた事を麗射は心の中で深くわびた。
「これは最後のはなむけだぜ」穿羽がつぶやく。
「絵のお礼だ」傍らの永芳も頷く。
彼らはお互いにチラリと目を合わせると、かすかに口角を上げた。
矢音が止み、若干の余裕が出た麗射は久光山の方を振り向いた。
なぜか、反乱軍の兵士達は追ってきていない。
二人のりの馬はさほど速度が出せないからいつでも追いつけると思っているのか。
「清那、ありがとう」
麗射は、清那とイラムが乗る馬に併走して叫ぶ。
馬は何度か乗ったことがあり、さすがに駱駝よりは扱いが慣れていた。
「もうすぐ、王室軍が来るはずです。捕まった時、玲斗邸にキュリルを使いに出しておきました。走耳が知らせに向かっています。それに――」
後ろを向いた清那がにやりと笑う。
「見てください、煙が上がっています」
馬にかじりつきながら、チラリと後ろを振り向いた麗射は、山の中腹、岩の宮殿がある場所から煙が立ち上るのを見た。
「火事か」
「水晶玉を朝日が収斂するように位置を変えておきました。窓際の布にはオリーブ油を含ませておいたし、近くには大きな油絵がかかっていました。油を含んだ絵は一旦火が付くと燃え上がりやすい。大惨事にはならないでしょうが、大量の水を運びにくい宮殿です。消火には人手が居るので、追っ手は来ても少数でしょう」
「なぜ、イラムが?」
清那の腕の中には気を失った少女がいる。
「イラム、イラムっ」
麗射の呼びかけにイラムは目を開け、信じられないといったように麗射を見つめ、大粒の涙をこぼした。
「私が一緒に来るようにお願いしたのです。彼女も同意してくれました。彼女がいると、矢雨がふらな――」
清那の言葉はそこで途切れた。
走って、走って、すでに陽はくっきりと影を作るほどに姿を現している。
彼の背後に一本矢が突き刺さる。彼はなけなしの力を振り絞り、柵の脇を走る。どこか、どこかこのあたりに揺らいでいた丸太があったはずだ。
彼の顔の前に矢が当たり、麗射は足を止めた。
次は心臓という訳か。
ああ。俺はひとときの間であったが、同じ釜の飯を食った仲間の手によって殺されるんだな。
最後なら。
この世界をもっと見たい。
麗射は走るのを止め、柵を背に弓術隊の方を向き直った。
青い空、そして朝日に光る久光山。
それを背景に永芳、穿羽、そして優しかった仲間達が、ずらりと一列に並んで弓をつがえている。鋭い矢はすべて麗射の方に向けられていた。
「麗射――」
遠くから
声の方を向いた麗射の瞳に、イラムを抱えて馬を駆る清那の姿が飛び込んで来た。
血相を変えて麗射は叫んだ。
「来るな、こちらに来るなっ」
「打てっ」
その声は穿羽の号令に打ち消された。
無数の矢が飛んでくる。
イラムの悲鳴が響く。
麗射は目をつぶり、天帝と郷里の海神に祈りを捧げた。
いくつもの風切り音とその恐ろしいまでの風圧。間近でざくりという鏃の刺さる音が響いて、麗射は全身を硬直させる。
音がやんで麗射は恐る恐る目をあける。
予期した痛みの代わりに、ぎぎぎっというきしる音とともに彼の背後の柵がゆっくりと後ろに倒れていった。柵の向こうには平原が広がっている。
柵を作る丸太を結ぶ縄や木片は、鋭い
誘導してくれたのか、ここに。
目を大きく開いて弓術隊の方を見る麗射。
目の前には、別れを告げるように小さく手を上げる仲間達。
「麗射、乗って」駆けつけた清那が引っ張ってきた空馬を麗射の方に向けた。
麗射は無我夢中ではい上ると、馬にしがみつく。
腹を蹴ると馬はぐん、と速度を上げて、ぽっかりと空いた柵のあいだから飛び出した。
申し訳程度の矢は後ろから飛んでくるが、彼らには当たらず、巧妙に去ったあとの地面に刺さっていく。
名手達が、上級兵にばれないようにさも追っているかのように寸前で矢を落としてくれている。彼らを欺いた事を麗射は心の中で深くわびた。
「これは最後のはなむけだぜ」穿羽がつぶやく。
「絵のお礼だ」傍らの永芳も頷く。
彼らはお互いにチラリと目を合わせると、かすかに口角を上げた。
矢音が止み、若干の余裕が出た麗射は久光山の方を振り向いた。
なぜか、反乱軍の兵士達は追ってきていない。
二人のりの馬はさほど速度が出せないからいつでも追いつけると思っているのか。
「清那、ありがとう」
麗射は、清那とイラムが乗る馬に併走して叫ぶ。
馬は何度か乗ったことがあり、さすがに駱駝よりは扱いが慣れていた。
「もうすぐ、王室軍が来るはずです。捕まった時、玲斗邸にキュリルを使いに出しておきました。走耳が知らせに向かっています。それに――」
後ろを向いた清那がにやりと笑う。
「見てください、煙が上がっています」
馬にかじりつきながら、チラリと後ろを振り向いた麗射は、山の中腹、岩の宮殿がある場所から煙が立ち上るのを見た。
「火事か」
「水晶玉を朝日が収斂するように位置を変えておきました。窓際の布にはオリーブ油を含ませておいたし、近くには大きな油絵がかかっていました。油を含んだ絵は一旦火が付くと燃え上がりやすい。大惨事にはならないでしょうが、大量の水を運びにくい宮殿です。消火には人手が居るので、追っ手は来ても少数でしょう」
「なぜ、イラムが?」
清那の腕の中には気を失った少女がいる。
「イラム、イラムっ」
麗射の呼びかけにイラムは目を開け、信じられないといったように麗射を見つめ、大粒の涙をこぼした。
「私が一緒に来るようにお願いしたのです。彼女も同意してくれました。彼女がいると、矢雨がふらな――」
清那の言葉はそこで途切れた。