第91話 真犯人

文字数 3,585文字

「子供のような火薬遊びをするために、危険物を放置して爆発した。お前のような不注意な奴にこの学園を任すことはできない」
 順正は、玲斗の砂漠行(さばくこう)に付き従った若い青年である。彼は玲斗の指図で荒ぶる濁流迫る州から真っ先に救出されていた。そのため、彼は安里の死で最も衝撃を受けている。
「その通りだ」反麗射の学院生達の意気があがった。
「お前ら、真犯人が誰か探しているって噂だが、案外身内の仕業じゃないのか。爆発が好きな妙な奴が仲間にいるじゃないか、ほら、あそこに」
 順正はおもむろに舞台の下に居る火翔を指さした。
 火翔の周りの人々がざわめき、身を引く。彼の周りにはぽっかりと空間が空いた。
「な、何を……」
 火翔の顔は赤く煮え、唇はぶるぶる震えている。
「皆も知っているだろう、奴が屍体の絵を嬉しそうに描いていた変質的な奴だって事を」
「屍体には人生があるんだ。死んだら汚いのか、見てはいけないのか。物言わぬ屍体だって美しい。傷ついた身体から流れる血も、腐れも、生き物の哀しさと美しさを内包している。屍体は(うやま)われこそすれ、忌避(きひ)するものではない」
 火翔の必至さが増せば増すほど、学院生達は異物を見るような視線を彼に送る。自分達には理解できない感性に、そこかしこから戸惑うような声があがった。
「俺の嗜好までわかってくれとは言わない、だけど、差別するなよ」
 火翔はかっとなると見境が付かなくなる。獣に似た叫びを上げると仲間達を振り切って彼は壇上に上がろうとした。壇上に上げてしまっては流血必至とわかっている仲間達は懸命に彼を押さえ込む。
「火翔は天才だ。爆花は彼を中心として僕らが作り上げた芸術だ」
 壇上の美蓮が椅子を蹴って立ち上がった。
「お前達、あんな美しい形を見たことがあるのか? まるで空に咲く花のような、流れる滝のような、きらめく星のような……」
「はあ? 美しいだって」順正は肩をすくめる。「お前の目は節穴か、あのいびつな爆発のどこが星なんだ」
「見もしてないのに、いい加減なことを言うな」
「ふん、俺は見たんだよ、お前らのしょぼい爆花をな」
「形が気にくわなければ、色はどうだったんだ。墨を流したような漆黒の空に浮き出るような鮮やかな色、見たことないだろうあんな美しいものを」
「はん、あんな寝ぼけた青、くず鉄のような赤、どぎついだけの品のない黄色、どこをどうやったら美しく見えるのかを説明してほしいものだな」
 美蓮の目が光った。
「もう一度言ってくれ」
「おう、何度でも言ってやる。あんな寝ぼけた青、くず鉄のような赤、どぎついだけの品のない黄色……」
 麗射の頭に、真珠の塔から見た作業小屋の黄金(きん)色の爆発が目に浮かんだ。
「順正、お前はあの日どこに居たんだ」
「どこって、学院にいたよ」
 群衆はざわざわと揺れた。予想外のその反応に、順正は眉をひそめる。
 美蓮は講堂に詰めかけた学生達に向き直り、問いかけた。
「君たちの中にも、あの日2階のある家から爆花を見た者がいるはずだ。何色だった?」
「青」「赤」「赤みが強い紫だ」「夕暮れ色」
 人々は口々に答える。
「そう、君たちが見たのは青、そして、赤、その混合色の紫だ。打ち上げ用の爆花の仕込みの時に、僕らは、青の出る孔雀石と赤の発色をする紅磁石の粉しか火薬玉の中に入れていなかったからな」
 美蓮はそこで軽く息を吸い込んだ。
「だが、本番ではもう一色使うつもりだった。水に漬けると見えなくなる不思議な石、水消石の粉をね」
 美蓮はゆっくりと順正の方を振り向く。口元には微笑みを浮かべているが、大きな目は笑っていなかった。
「順正、君の言うとおりだ。黄色の爆発はあったんだよ。小屋の下に隠していた水消石が入った火薬玉のね。鮮やかすぎる黄色が混ざると青と赤の良さを打ち消してしまいそうで、本番では単色で使うつもりだったんだ」
 会場は水を打ったように静まりかえる。
「僕らは作業場所をオアシスからかなり離れた場所に作った。あそこはここに比べて土地が低い。空高く打ち上げる火薬玉とは違って、小屋の地下に隠した火薬玉が爆発しても、高い壁に囲まれるこのオアシスからは見えるはずがない。唯一見えるだろう真珠の塔の見張り窓には麗射と美蓮が居た。だから……」
 順正が全身を震わせている。その姿を唇を噛んで玲斗がじっと見ていた。
「い、いい加減な事を言うな。どこに証拠がある。き、黄色に見えたのは私の思い違いだ、私はあの夜この学院に居た、ここに居たんだっ」
 どちらの言うことが本当なんだ。さざ波に似た学生達のざわめきは次第に大きくなり、ついに叫ぶ順正の声すらかき消された。
 その時。
 いきなり講堂の後ろのドアが激しい音と共に開け放たれた。
「待たせたな」
 逆光の中。凜とした声と共に人影が現れた。
 よく見ると前に両手を背中に縛られた二人の人影がうずくまっている。それは食堂に勤めていた若い男と、夜に駱駝厩舎の近くの門番をしていた警備兵であった。
「思ったより逃げ足が速い奴らで、捕まえるには一苦労だったぜ」
 青い砂埃にまみれた茶色の髪の青年は、肩をすくめた。
「走耳っ」
 壇の上から麗射が駆け下りる。両手を広げて抱きつかんばかりの麗射から、慌てて走耳が身を引いた。
「礼は公子に言え。奴に言われてよ、似顔絵片手に爆発の翌日からこいつらを追ったんだ。だが、途中でジェズムに会って俊足の駱駝と助っ人を借りることができなければ多分捕まえることは出来なかっただろうな。それにしても聡目(さとめ)の旗を掲げる隊商どもの情報の早いことと言ったら……」
「酸冷麺に銀老草を混ぜ、そして夜に門を開けて順正達が砂漠に出るのを許したのはお前達か」
 それまで、演説の公平性を保つため壇の下で黙って成り行きを見ていたレドウィンが詰問した。
 二人は震えながら、頭を下げる。
「ま、来る道々俺が牢獄の辛さを微に入り細に入り話してやったからな。雷蛇(らいじゃ)って怖い牢名主が居て、目を付けられると命がいくつあっても足らないとか、さ」
「正直に言えば恩赦の可能性もあるでしょう」いつの間にかレドウィンの横に公子が立っていた。「ここで正直に話してください」
 警備兵と、食堂の調理人は、恐怖に顔をゆがめてうなずいた。
「ご苦労様でした、走耳」
 だが、公子がねぎらいの言葉をかけた時にはすでに、走耳は任務完了とばかりに姿を消していた。
「お前達、誰の指図で爆発事故の手引きをしたのですか」
 床に這いつくばった二人がそっと壇上を見上げる。その視線の先には……。
 順正はがっくりと舞台の上に膝をついた。
 捕縛された男達が口を開こうとした時、それを遮るようにして玲斗が叫んだ。
「もういい、わかった。配下の者の失態は私の責任だ」
 言い捨てると玲斗は壇上から下りた。そのまますたすたと会場から出て行く。
「玲斗様」
 顔色を失って、主人を追う順正。
「すみません、すみません。あなたをどうしても……」
 涙声の叫びが講堂から遠ざかる。
「あいつ、なまじっか先に助かっちまったばかりに、安里の死の責任を感じているんだろう。やり場のない怒りが俺たちに向けられたって訳か」
 美蓮が二人の消えた席を見てつぶやいた。
 順正は退学、そしてその日から玲斗は学院に姿を見せなくなった。
 投票はほぼ満票で学院生代表は麗射に決まった。



「で、またあいつらは何を始めたんだ?」
 学院の一角に、ひょろ長くて四角い煙突を持つ炉が作られている。まだ未完成だが、その煙突の高さはほぼオアシスを囲む壁と同じで下に四角形の窓が開いている。
 作業する美蓮達を廊下からそれを見下ろしながらレドウィンが麗射にたずねた。
「美蓮が普通の温度じゃ製陶できないんだって作り始めた高炉です。彼の配合した特殊な陶土を古文書が伝える高い温度で焼くことができれば、青く輝く堅い焼き物が出来るはずです」
「もしかして……」
「ええ、なんとかして螺星さんの焼き物を完成させるんだって」
 麗射は夜遅くまで図書館で古書を引っ張り出し研究を重ねていた美蓮の姿を思い出す。
「でも、稼働時には俺たちずっと不眠不休でふいごを操って風を送らなくてはいけないみたいですが」
「高炉を作るのを俺も手伝おう」
 目を丸くする麗射に、元学院生代表はニヤリと微笑みかえす。
「いや、俺だけじゃない。学院生に呼びかけてみんなでやろう。そうすれば少しでも早く完成に近づく」
「だって、うまくいかないかも知れません」
「芸術は、それを作る過程から芸術だ。うまくいくかどうかなんて関係ない。それにこの学院には行き場のない芸術への情熱があふれている。使わない手は無いさ」
 レドウィンは麗射の肩を叩いた。
「今回は俺が皆に呼びかけよう。だが、次からはお前がやるんだぞ」
 彼は鼻歌とともに揚々と部屋の外に出て行った。
「ありがとう、レドウィン」
 感謝とともに託されたものの重みを感じて、麗射は思わず息を詰めた。
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登場人物紹介

麗射:「青銀の風」の主人公。絵師を目指して砂漠の真ん中にある「美術工芸研鑽学院(美術工芸院)」にやってくる。砂漠で隊商に見限られたり、ラクダに逃げられたり、艱難辛苦の果てにたどり着いた美術工芸院だが、入試受付は前日で締め切られていた。おおざっぱだが、打たれ強く男気のある性格。常に前向きな彼の周りには、いつの間にか仲間が寄ってくる。黒目、黒髪、肌はやや褐色。

イラム:麗射と泉で出会った謎を秘めた少女。金髪、青い目。

走耳:スリをして服役中、麗射と知り合う。いつもいるか居ないかわからない存在感の無い男だが、神がかった運動神経を持つ。孤高を保ち誰のことも信じない。茶色の髪と茶色の目。

「清那」入学年齢に達しない13~4歳だが、訳あって美術工芸院で学生兼講師をしている叡州第三公子。細密画が得意で、風景を描かせれば右に出る者がいないが、なぜかその絵は寂寞としている。

「雷蛇」なで切りの雷蛇として囚人達からも恐れられる極悪人。牢獄の中で麗射を目の敵にして暴力を振るうが、妙に単純で人なつこいところもある。


「幻風」エセ占いで捕まった得体の知れないジジイ。笑い上戸で、走耳が唯一心を許す人間。

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